[サッカーキング No.009(2020年1月号)掲載]
カリスマの威光は健在か、過去の遺物か。少なくともトッテナムの関係者たちは、「スペシャル・ワン」の頭に“元”をつけるのはまだ早いと考えているようだ。果たしてその目利きは確かだろうか―。
文=ティム・リッチ
翻訳=田島 大
写真=ゲッティ イメージズ
スパーズに足りないものとモウリーニョが得意とすること
初陣のウェストハム戦を前に、トッテナムの新指揮官にはこんな質問がぶつけられた。「昨シーズンのチャンピオンズリーグ決勝の敗戦は、チームの調子に影響を及ぼしているか?」
「知るよしもない」。指揮官は返す。「私はCLの決勝で負けたことがないからね」
マンチェスターを舞台とする解任劇を経て、少しは謙虚になったかと期待したが、まるで変わっていなかった。“スペシャル・ワン”であるという自負にも変化は見られない。だが、変わらないことが喜ばしい部分もある。それこそ彼が“スペシャル”である所以だ。冒頭のウェストハム戦はスコア以上の力の差を見せ、トッテナムが3-2で勝利した。ジョゼ・モウリーニョは、勝ち方も忘れていなかった。
だからこそ、モウリーニョだったのだ。トッテナムは、クラブ史上初のCL決勝に進出した5カ月後に監督交代を余儀なくされた。成績不振でトップ4入りが危うくなり、決断を強いられた格好だ。新指揮官が初陣を勝利で飾るまで、スパーズは今シーズン、一度もプレミアリーグでのアウェーゲームに勝てていなかった。
問題は成績だけではない。今シーズンいっぱいで契約が満了するクリスティアン・エリクセン、トビー・アルデルヴァイレルト、ヤン・フェルトンゲンの主力3名が契約延長に応じず、チームは分裂の危機に。マウリシオ・ポチェッティーノ前監督は、その威厳が問われていた。
そんなクラブにモウリーニョはうってつけだった。監督業から離れてフリーの身だったし、「威厳」を感じさせる素養は世界でも屈指と言える。だからこそダニエル・リーヴィー会長は、新指揮官にどの選手よりも高額の年俸を用意した。年俸1500万ポンド(約21億円)は前任者のおよそ2倍。プレミアリーグの監督の中では、ジョゼップ・グアルディオラに次ぐ高給だという。
無論、異例の好待遇には批判の声も上がっている。ユナイテッドでの最後のゲームを思い返せば当然だろう。昨年12月、ハイプレスをかけて流動的に攻めるリヴァプールに全く歯が立たず、1-3と完敗。躍動感に欠けるモウリーニョの守備的な戦術は、ユルゲン・クロップやグアルディオラ……そしてポチェッティーノのフットボールと比べても時代遅れに映った。ユナイテッドの選手たちは、モウリーニョから解放されたことで活性化されたほどだ。一時期の絶対的なカリスマ性は薄れ、批判を浴びるようにもなった。
だが、必ず結果を残してきたことも事実だ。ポルト時代から歴任したすべてのクラブでタイトルを取ってきた。失敗のレッテルを貼られたユナイテッド時代でさえ、リーグカップとヨーロッパリーグを制している。一方のトッテナムはというと、過去20年間で獲得したタイトルは2008年のリーグカップだけ。そういう意味でも、モウリーニョは適任なのかもしれない。
いつも以上に気を使っているが、人間関係こそ最大の懸念
しかし肝心のファンは、過去5年間に多くの夢を見せてくれた前任者に同情し、後任監督には冷ややかな視線を向けた。それを感じているからか、モウリーニョは就任直後からクラブスタッフやファンにやたらと愛嬌を振りまいている。
最初のホームゲームとなったCLオリンピアコス戦では、マッチデープログラムに「昔からこのクラブのプレースタイルに感銘を受けていた」と記し、新スタジアムを「国内最高」と絶賛した。試合は0-2から逆転勝利を収めたが、同点弾の起点となったボールボーイを抱きしめてファンへアピールすることも忘れなかった。さらに最初の練習を終えたあとはトレーニング施設に宿泊し、どんなホテルよりも快適だったと褒め称える始末。かつてないほど人気取りに励んでいる。
しかし彼の今後には、愛想なんてものの効力が吹き飛びかねない問題が横たわっている。選手との人間関係だ。現有戦力のほぼすべては、前任者が獲得したか、ユースから昇格させた“ポチェッティーノ・チルドレン”なのだから。
それでも、一対一で向き合って選手を陶酔させることに長けたモウリーニョだから、選手の信頼を勝ち取る可能性はある。例えばフランク・ランパードは、現役時代にモウリーニョに腕をつかまれ、「世界最高の選手であることを証明してくれ」と言われたことを今も忘れていない。今シーズンのスパーズ不振の一端を担うデレ・アリも、得意の人心掌握術で復調させることができるかもしれない。
では、若手の起用はどうだろうか。モウリーニョはこれまで若手の選手にほとんど見向きもしなかった。完成された20代半ば以降の選手ばかりを使い、いつだってそのことを指摘されてきた。今回、アシスタントコーチに30歳のジョアン・サクラメントを据えた理由はそこにあるのだろう。フェルトンゲンより2歳も若いサクラメントは、モナコやリール時代に若手の育成で名を上げてきた。
いつになく人間関係に気を配ってはいる。それでも、ジョゼ・モウリーニョはジョゼ・モウリーニョだ。彼が率いたどのクラブでも必ず衝突が起きてきた。残念ながら、スパーズにもその予兆は見られる。モウリーニョはCLオリンピアコス戦の前半29分に、エリック・ダイアーを交代させた。ケガ以外の理由で前半に交代を告げられるのは、選手にとって屈辱でしかない。キックオフから30分も経っていない段階での交代となれば、なおさらだ。
振り返ってみると、モウリーニョは獲得したタイトルの数と同じくらい、あるいはそれ以上に選手たちと対立してきた。ユナイテッドではクラブ史上最高額のポール・ポグバと険悪な関係に陥った。レアル・マドリード時代にはイケル・カシージャスやペペ、セルヒオ・ラモスと口を利かなくなった。ペドロ・レオンに至っては、「チームの飛行機が墜落して生存者が彼しかいなくなったとしても使わない」と決め込んで、チームから追い出してしまった。
“いい人キャンペーン”を張ってはいるが、丸くなったとは考えにくい。監督にとって56歳は、老け込むような年齢ではない。しかし、いつまでも尖がってはいられない。彼はこれまでチェルシー、マンチェスター・ユナイテッド、インテル、レアル・マドリードを指揮し、バルセロナに敵意を示してきた。“次の職場”の選択肢はそれほど多くはない。
トップ4入りを逃すことは“終わり”を意味する
今年11月にバイエルンのニコ・コヴァチ監督が解任されたとき、後任候補の一人としてその名が報じられた。彼が出演したCMに、『ドイツ語を学ぶ』という本が棚に飾ってある様子が映っていたこともその噂を加速させた。しかし実際のところは、バイエルンの後任候補リストにモウリーニョの名前はなかったという。もしもトッテナムで失敗すれば、その先は中国のクラブからの誘いに耳を傾けるほかないかもしれない。
モウリーニョは今なお一流である。クロップやグアルディオラに水をあけられた感はあるが、就任後すぐにインパクトを残せる男だ。50年ぶりのリーグ制覇をもたらした「チェルシーでの1年目」の再現は不可能だが、カップ戦で結果を残した「ユナイテッドでの1年目」は再現可能なミッションと言える。トッテナムはすでにリーグカップを敗退しているものの、CLとFAカップが残されている。特にFAカップは伝統的にトッテナムが得意としてきた大会だ。ノースロンドンでも、いきなり栄冠をつかめるかもしれない。
そしてカップ戦のタイトルよりも優先されるべきは、CL出場権の確保だ。新スタジアム建設に10億ポンド(約1400億円)も投じたスパーズは、何より財政的にCLの舞台を失うわけにはいかない。
新監督の初陣に勝利したスパーズは、第15節を終えてトップ4まで9ポイント差につけている。だが、11月下旬からの追い上げでどこまで到達できるかは分からない。トップ4入りを果たせなかった場合、今後のモウリーニョが“らしさ”を発揮するのは一層難しくなるだろう。彼はこれまで、大金でビッグネームを獲得して成功を収めてきた監督だ。ユナイテッド時代には、ポール・ポグバ、ロメル・ルカク、フレッジ、ネマニャ・マティッチを計2億9200万ポンド(約408億8000万円)で連れてきた(そして誰も金額に見合う活躍はしなかった)。スパーズではそんな贅沢は許されないし、引き抜かれる側に回る危険さえある。CL出場権を逃せば、ハリー・ケインやアリ、ソン・フンミンの去就は一気に不透明になる。
モウリーニョはまだスペシャルか。その答えは、シーズンが終わるそのときまで分からない。だが、彼の就任を心から喜んだ人間は、決して少なくないはずだ。ジョージア・ブラウンはその筆頭だろう。
今年10月、彼女はこう語った。「トッテナムとともにこの冒険に乗り出すことを喜んでいます。世界中のPrimeメンバーが、世界最高のリーグで戦う世界的なクラブの浮き沈みを体験する瞬間が待ち切れません」。そう、ジョージア・ブラウンとは、Amazon Studioのディレクターだ。
スポーツ・ドキュメンタリーブームの火付け役となった『ALL OR NOTHING』の主人公―。ポチェッティーノには悪いが、ジョゼ・モウリーニョのほうがずっと絵になりそうだ。
※この記事はサッカーキング No.009(2020年1月号)に掲載された記事を再編集したものです。
By サッカーキング編集部
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