[写真]=Getty Images
[サッカーキング No.021(2022年6月号)掲載]
象徴はパリに去り、カンプ・ノウはドイツ人に占領され、トロフィールームに新たなコレクションが加わることもない。
端的に言えば、バルサは今、苦境にある。しかしそれを、出発点にすることはできる。過去のバルサがそうしてきたようにーー。
文=豊福 晋 Text by Shin Toyofuku
写真=ゲッティ イメージズ Photo by Getty Images
地下鉄5番線は空いていた。
コイブランク駅の階段を上がり、商店とバルが並ぶ道を進む。角を曲がればカンプ・ノウだ。試合は始まろうとしている。
辺りは静かだった。バルサカラーを身に着けたファンが数人、急ぐこともなく歩いている。グッズ売りの店員が暇そうだ。バルの軒先に並べられたボカディージョは売れ残っていた。
そう遠くない昔、試合前の路地は活気に満ちていた。建物に反響する歌声に包まれながら群衆の間をすり抜けた日々を思い出す。
昨夏、リオネル・メッシが街を去りバルサのひとつの時代が終わった。愛された10番は人々の熱量もまとめてパリに持っていったのかもしれない。
カンプ・ノウは異様な雰囲気に包まれていた。聞こえてくるのは北方から押し寄せたドイツ人たちの低く太い声だ。フランクフルトサポーターの数は2万をこえたとも言われる。アウェー用の入場券は5000枚だったけれど、入場料収入を諦めたくなかったクラブの誰かが普通席をかまわず売りさばいてしまった。最上階に陣取ったドイツ人たちが誇らしげにピッチを見下ろす。その夜のカンプ・ノウは彼らのホームだった。
ピッチ上でもバルサは完全に凌駕され、後半半ばまでに3失点。ヨーロッパリーグからの敗退はあっけなく決まった。
試合前、ほとんどの地元人は楽観的で、早くもセビージャで行われるEL決勝の話すらしていた。
僕らはチャンピオンズリーグのクラブなんだ。
それは彼らに残された最後の誇りであり、奢りだった。
国内リーグでは、あろうことか宿敵レアル・マドリードの独走を許し、手を伸ばしてもその踵にすら届かない。今シーズン、バルサの手元にはなにひとつタイトルは残らない。
試合後、カンプ・ノウ前のラスコルツ通りには、飲み干された幾千のビール缶が寂しげな音をたてながら転がっていた。半時間後にはアウェー席の扉が開放される。2万の喉が祝杯を求めている。宴は夜通し続くだろう。
バルサの敗退をよそに、夜の街は活気に満ちていた。
ディアゴナル駅を降り、コルセガ通りを歩くと、今宵も『La Pepita』が賑わっている。界隈の人気バルだ。地元人に加え、もちろんドイツ人もいる。
扉を開けると、調理場から春野菜の香りが漂ってきた。聞こえてくるのは普段の何てことのない会話だ。高騰する電気代についての不満があり、紐解かれた昔話があった。この街に生きるものの日常だ。
バルサがどうなろうと、世界は前に進んでいく。昔からそうだった。
はじめてカンプ・ノウを訪れたのは2001年のことだ。ペセタ紙幣を握りしめ、それまで見たこともなかった巨大な建造物に足を踏み入れた。そこで目にしたバルサは、今よりもはるかに迷走していた。ミレニアムの暗黒期、4位が2シーズン続き、その次は6位だった。すぐ近くに白いハンカチを振っている老人がいた。抗議するときはハンカチを振るものだと、その時に初めて知った。
不甲斐ない内容に終わった試合後にスタジアム付近で目にした、それでも賑わう飲み屋の光景が、時を経て現在に重なった。
◇ ◇ ◇
あの時代の低迷は、今思えば始まりでもあった。
当時のチームには若きシャビとカルレス・プジョルがいた。アンドレス・イニエスタは2002年にトップチームでデビューしている。黄金期のバルサを支えた3人は、ほぼ同時期に頭角を表した。2003年にはロナウジーニョがパリから笑顔とともにやってきて、翌年にはメッシがデビューした。
流れは変わり、やがて来るクラブ史上最高の時代へとつながった。
2022年の苦境を、バルサは未来へのスタート地点とすることができるだろうか。
若き才能はいる。
技巧だけでなく闘争の本能も持ち合わせた17歳、ガビはさらに伸びるだろう。
ロナルド・アラウホの高い打点は、巻き髪を振り空を飛んだかつての闘将を思い起こさせる。
そしてペドリは、すっと力の抜けた、あのしなやかな身のこなしで観衆のため息を誘う。
フェラン・トーレスも、デ・ヨング(フレンキーのほう)も、ケガさえなければアンス・ファティもいる。契約問題が片づけば、しばらくの間ウスマン・デンベレのステップも楽しむことができるだろう。
◇ ◇ ◇
現監督のシャビは、サンティアゴ・ベルナベウでレアル・マドリードに4-0で勝った試合後に少しだけ時計の針を戻し、記憶の波の中にいた。
「2004年のクラシコを思い出した。ベルナベウで2-1で勝った、あの試合に似ているなと」
その試合のピッチに立っていたシャビは今、自ら歩んできた過去を再現しようとしている。
思い出のクラシコ、その先に待っていた勝利の日々を、今度はベンチから眺めることはできるだろうか。
真のバルサ再生計画が始まるのはこの夏からだ。それに向け、今オフにはピッチ内外で様々な改革が行われるだろう。
◇ ◇ ◇
リベラの赤を手に問い続けた「なぜバルサは負けたのか」というテーマは、前半のペドリの顔色が青白かったからという個人的結論に達し、賑わう店を出た。
すでに日付は変わり、バルセロナの新しい一日が始まっていた。
復活祭の足音が聞こえる。深夜のグラシア地区を歩くと、老舗店の軒先に掲げられたバルサの旗がやわらかな春の夜風に揺れていた。
By サッカーキング編集部
サッカー総合情報サイト