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【WSK編集雑記 vol.1】ノーベル賞に思う。レアルはやっぱり偉大だ

2016.12.14

 今からちょうど3年前、足かけ8年ほど在籍した『ワールドサッカーキング』の編集部を離れることが決まったとき、最後に作った号が「レアル・マドリード特集」でした。2014年1月号のサブタイトルは「正義と悪を飲み込む帝王学としてのマドリディスモ」。我ながら中二病っぽい青臭さを感じますが、当時はこういうテイストが好きだったんですよね……。

 それから3年たって、「編集長」という素晴らしい肩書きとともに復帰する号が、またレアル・マドリード特集になるのだから不思議なものです(と言っても自分で決めたんだけど)。ためしに3年前の特集をパラパラと開いていると、当時の僕は編集後記のところにこう書いていました。「レアルの魅力って子供にはわからないよね、という居酒屋的会話がこんな特集に……」

 うん、そうなんだよな、と3年後の僕は納得したわけです。レアルの魅力を説明するのはけっこう難しい。「豪華なスターを買いまくる金持ちクラブ」っていう、ものすごくわかりやすい特徴があるせいで、このクラブにはわりと否定的な評価がありますよね。ジダンに90億円? C・ロナウドに100億円? ベイルに120億円? バカじゃないの?

 いや、バカじゃないだろうと思うわけですよ。たとえばG-SHOCKが2万円で買えるのに、ロレックスに100万円も払うのはバカみたいですかね? 確かにG-SHOCKのほうが頑丈そうだし、ストップウォッチもついてるし、バックライトとかGPS機能もあって超便利。けど、だからってロレックスを買おうとしてる人に「そんなのやめてG-SHOCKを買いなよ!」とアドバイスしても無意味でしょう? ロレックスを買う人は「機能」を買いたいわけじゃないんです。なんなら、1日に1分ずつ時刻が狂っちゃってもいいんです(そんなことはないだろうが)。時計の値段が「機能」で決まるわけじゃないように、フットボーラーの値段も「実力」で決まるわけではない。ここはけっこう大事なポイントです。

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 ところで今月、レアルのスターたちが来日するちょうど前の日に、ノーベル賞の授賞式が行われました。今回もっとも注目された文学賞のボブ・ディランは残念ながら欠席でしたが、代わりに用意されたスピーチは涙が出るほど素晴らしかった。2カ月前、ディラン受賞の一報に興奮して大騒ぎしてしまった人たちも、僕のように涙したのではなかろうかと思います。例えば、茂木健一郎先生とかね。

「!」の数から察するに、よほど興奮しておられたのでしょう。でも、厚かましく解説してみると、これって「あの偉大なノーベル賞に選ばれるなんて、ディランはすごいぜ!」じゃないですよね。これが国語の問題なら、どこをどう読んだってそんな解釈はできません。茂木先生が喜んでいるのは明らかに「画期的な選考」のほうで、つまりは「ディランを選ぶなんて、ノーベル賞もなかなかやるじゃんか!」ってことです。これをもっと上手に説明しているのがコラムニストの小田嶋隆さんで、彼は「日経ビジネスオンライン」の連載コラムの中で、次のように書いておられました。

(中略)ともあれ、これらの事実からわかることは、賞がそれを授けられた人間の評価を高めるのではないとうことだ。
むしろ受賞した人間の人格の麗しさや実績の卓越性が、賞を与えた側の鑑識眼の高さや権威を支えている。
ノーベル賞が立派な賞だと言われるようになったのは、賞金額が大きいからでもアカデミーが立派だからでもない。これまでに受賞した各界の学者や芸術家がいずれも偉大な業績を残した人物だったことの積み重ねによるものだ。
――「ノーベル賞はボブ・ディランにふさわしいのか」

 さすが、コラムはこうでなくっちゃね、と感じる見事な文章ですけども、つまりはノーベル賞のすごさって何だろうってことです。それは偉大な学者や芸術家“のみ”に賞を与えてきたこと。その崇高な精神があったからこそ、今では毎年のように世間が大騒ぎするほど価値のある、権威ある賞になったと。で、その素晴らしい歴代受賞者の列にボブ・ディランを加えれば、茂木先生が賞を見直したように、この賞の価値はさらに増すだろうと思います。逆に、その崇高な精神が失われてしまえば、どこかの国の年末の音楽賞みたいになってしまうわけですよね。

 で、いきなりノーベル賞の話を始めたのは(勘のいい方はもう気づいたと思いますが)、レアル・マドリードのスター選手獲得戦略って、まさにこれなんじゃないの? と思うんですよね。フィーゴ、ジダン、ロナウド、ベッカム。レアルでプレーするってことは、彼らのような輝かしいスター選手と同列に並ぶってことです。彼らの前の時代にも、ラウール・ゴンザレスとか、プレドラグ・ミヤトビッチとか、ウーゴ・サンチェスとかね。もっとさかのぼれば、リーグの勢力図を一人で塗り替えてしまったアルフレド・ディ・ステファノという伝説の選手なんかもいます。とにかく、レアルのプレーヤーリストには華やかな名前がズラッと並んでいる。

The Real Madrid team group

 その積み重ねが、「レアル・マドリード」というクラブなんです。過去のレジェンドたちが亡霊……いや、守護霊のようにクラブのイメージを守っている。だから、彼らは「スター選手を集める」ということに対して、これほど意識的にこだわっているのだろうと思うんです。そう考えると、「スター選手を集めれば勝てると勘違いしている」というお決まりの批判は、ロレックスの客にG-SHOCKを勧めているようなものですよね。だって、レアルはたぶん勘違いなんかしていない。スター選手を集めれば勝てるなんて思ってないけど、それでもスター選手を買わなくちゃいけないわけです。

 さて、3年ぶりに作った『ワールドサッカーキング』のレアル・マドリード特集には、そんなテーマを込めました。今回の特集「世界最高のフットボールクラブの作り方」には、フットボールクラブの収益ランキングとか、ユニフォームの売上ランキングとか、下部組織からプロ選手を輩出したクラブのランキングとか、2000年から16年間で獲得した選手と移籍金の一覧とか、そんなデータをごちゃっと載せています。レアルは確かに世界最高の金持ちクラブですが、別に中東やロシアの石油王がオーナーについているわけではありません。また時計の例で言うと、レアルは「金持ちの親にロレックスを買ってもらえる子供」じゃなくて、「自分で稼いだ金でロレックスを買っている大人」なんですよね。

 だから、子供にはわからないよね、と思うわけです。ロレックスは買えないけどね。

 今年のクラブワールドカップで、レアルはまた日本のファンをたくさん獲得して帰るだろうと思います。最高のタイミングでクリスティアーノ・ロナウドのバロンドール授賞が発表されたことも、何だかうさん臭いし。だけど、レアルはしっかりと話題を振りまいて、たっぷりとファンサービスをして、試合でもきちんとスタンドを沸かせてくれるでしょう。それは僕ら日本のファンにとってもうれしいことですが、同時に、彼ら自身にとっても、すごく大事なことなんです。

文=坂本聡(ワールドサッカーキング編集長)

By 坂本 聡

雑誌版SOCCER KINGの元編集長。前身の『ワールドサッカーキング』ではプレミアリーグやブンデスリーガを担当し、現在はJリーグが主戦場。心のクラブはサンダーランドと名古屋グランパス。

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