昨年10月、カタルーニャ州でスペインからの独立を問う住民投票が行われて以降、この地域の政治情勢は混乱している。独立をめぐって対立する中央政府とカタルーニャはフットボールにおけるレアル・マドリードとバルセロナの関係そのものだ。バルセロナを州都とするカタルーニャ州は、カタルーニャ語を話し、独自の文化を持ち、スペイン人ではなく“カタルーニャ人”としての民族意識を持っている。そんな彼らの“象徴”でもあるバルサは、この問題によってどこに向かうのか。カタルーニャ研究の第一人者、法政大学の田澤耕教授に話を聞いた。
取材・文=坂本 聡(ワールドサッカーキング編集長) 写真=ゲッティ イメージズ
[ワールドサッカーキング 2018年5月号]
昨年10月の住民投票の後事態が泥沼化する独立問題
まず、カタルーニャ独立問題の経緯についてお聞きします。以前お話をうかがった時、レアル・マドリードとバルセロナの歴史的な背景を教えてもらいました(本誌2017年1月号に掲載)。バルセロナを中心とするカタルーニャ地方はスペインの中でも言語・民族が異なり、かつてフランシスコ・フランコによる独裁政権に弾圧されてきた歴史がある。そのため以前から中央との対立構造があるわけですが、なぜ今になって「独立」という動きが本格化したのでしょうか。
田澤 まず頭に入れておかねばならないのは、カタルーニャは少数民族ではありますが、一般に「少数民族」と聞いて我々がイメージするような「弱者」ではないということです。むしろ、スペインの政治において重要な役割を果たし、経済を引っ張ってきました。スポーツの世界でも、戦後オリンピックでスペインが獲得したメダルのおよそ4割はカタルーニャ出身のアスリートによるものです。
中央に弾圧されてきたけれども、スペインにとっては経済的に重要な地域なんですね。
田澤 そうです。経済の中心地ですから、合理的な考え方をする人が多く、「独立」がそろばんに合わないことは百も承知しています。ですから歴史的に独立志向は強くなかったのですが、それが2010年を境に急拡大したのには二つの理由があります。一つはこの年に、カタルーニャ州の新自治州憲法に盛り込まれた民族の誇りや、カタルーニャ語の使用拡大といった点が憲法裁判所によって違憲とされたのです。これはカタルーニャの民族意識を踏みにじるような行為でした。もう一つは、豊かな地域であるカタルーニャが中央に納める税金が、中央政府がカタルーニャに行う投資よりも極端に多いということです。簡単に言えば、カタルーニャ人には、自分たちの稼いだお金がアンダルシアなど南部の生産性が低い、貧しい地域に流れているという意識があります。リーマンショック以後の不況でその不満が一挙に増大しているところに、先ほどの違憲判決が重なった。それなら独立して、自分たちでやったほうがいい、ということになったわけです。
それが昨年10月の住民投票につながるんですね。結果は9割が独立賛成票だったわけですが、それ以降、この問題はどんどん泥沼化しているように見えます。
田澤 10月の住民投票は、中央政府が投票を違憲とする中で強行されました。「強行」と言っても、有権者が静かに列に並んでいただけなのですが、中央政府が送った治安維持警察が彼らに襲いかかり、武力で蹴散らし、1000人近い負傷者が出ました。これを見ても分かるとおり、事態が泥沼化している一番大きな原因はスペイン中央政府の対応のまずさです。カタルーニャ側からどんなに働きかけても一切話し合いには応じようとせず、「違憲、違法」で押し通そうとした。そもそも独立を認める法律などあるわけがないですから、法律で解決できる問題ではないのに、です。
なるほど。解決策を話し合うのではなく、あくまでも中央政府の言うことを聞け、という態度なんですか。
田澤 中央政府はその後も態度を改めるどころか、カタルーニャ人の神経を逆なでするような政策を続けています。カタルーニャ自治政府から自治権を奪い、すべての権限を中央政府の管理下に置きました。独立運動が一貫して暴力を伴わない平和裏なものだったにもかかわらず、運動のリーダーたちを「反乱罪、民衆扇動罪」などの罪で投獄しました。
まるでフランコ独裁政権の時代が戻ってきたようですね……。独立が実現する可能性はないのでしょうか?
田澤 現在も中央政府の姿勢に変わりはありません。事態収束の見込みは立っていませんし、独立の実現も短期、中期的には難しいでしょうね。
一つ気になるのは、住民投票の投票率がたった4割程度で、カタルーニャの人々の中でも独立運動に対する温度差があるのではないか、ということです。実際のところ、彼らの本音はどのようなものでしょうか?
田澤 カタルーニャ、特にバルセロナは産業の中心地ですから、スペイン各地から大勢の人が集まっています。バルサのイムノ(応援歌)にも、「僕らはみな、青とえんじ色の仲間。出身地なんて関係ない」とありますよね。つまり、純粋なカタルーニャ人の割合はそう高くないんです。独立を支持する人は全体の5割前後でしょうね。ただ、そのことと、住民投票の4割という投票率を混同してはいけません。投票率が低かったのは、有権者の多くが警察の暴力を恐れたからです。
確かに、選挙自体が妨害されてしまったら、正確な民意は分かりませんよね。
田澤 昨年12月に行われたカタルーニャ議会選挙では、再びカタルーニャ独立支持派が過半数の議席を得ているんですよ。当然、独立支持派の首相が選出されるべきですが、中央政府の介入によっていまだに実現していません。つまり、中央政府は民主主義まで踏みにじろうとしている。独立派でない人も含め、カタルーニャ人が怒るのも当然でしょう。
バルサはラ・リーガから脱退することになるのか
ここでフットボールの話題に移ります。一部のメディアは、仮にカタルーニャが独立した場合、バルサもラ・リーガ脱退を余儀なくされるだろう、と報じました。「スペインのスポーツ法が他国のクラブの参加を認めていないため」というロジックなんですが、本当にそうなるのでしょうか?
田澤 確かにスペインのスポーツ法はアンドラ(ピレネー山中の小国)以外の国外のチームがスペインのリーグでプレーすることを禁じています。とはいえ、バルサ抜きではラ・リーガが経済的に立ち行かないことは明らかですし、そうなればスペインの税収にも大きく影響します。いざとなれば法律を改正してでも、リーグに残ってもらうように働きかけるのではないでしょうか。
なるほど。スペインは一貫して、カタルーニャやバルセロナの経済力は当てにしているわけですね。フットボールの世界では、ジョゼップ・グアルディオラ、ジェラール・ピケといった有名人が独立運動を支持する意向を表明しています。さほど積極的ではないようですが……。
田澤 いや、彼らはかなり積極的ですよ。例えばグアルディオラは、FA(イングランド・フットボール協会)に注意されているにもかかわらず、試合に臨む時、スペインの政治犯釈放を求める黄色いリボンを着け続けました。ピケはさらに積極的です。彼はSNSなどを通じて、独立派が過半数を占めた選挙の結果が尊重されるべきだと堂々と発言している。僕自身、一昨年の9月11日、「国民の日」のバルセロナのデモで、彼をすぐそばで見ました。周りからは「ピケー、ピケー!」の大歓声でした。当然、反独立派には評判が悪い。スペイン代表の試合では味方のファンからブーイングを浴びせられています。
本来なら、スポーツと政治は切り離して考えるべきですが……。
田澤 長らく中央に弾圧されてきたカタルーニャの中で、バルサは民衆のアイデンティティの拠りどころでした。ですからスポーツと政治は別、というのはあくまで建前で、バルサには通用しにくいでしょうね。
そういうことですよね。今回の問題で、バルサはやはりスペインのクラブと言うより、カタルーニャのクラブなのだ、ということを改めて知らされた気がします。バルサが“カタルーニャの象徴”である以上、政治的な問題と無縁ではいられない、と。
田澤 そうですね。バルサは「カタルーニャのクラブ」であると同時に、よく言われるように「クラブ以上のクラブ」でもある。先ほど引用したイムノの中では、「南部出身でも、北部出身でも今は一緒、同じ旗のもとにみな兄弟」とあります。つまりカタルーニャの外からの移民と、地元民の融和、社会の理想をうたっているんです。フットボールクラブの歌としては珍しいですよね。それだけに、社会がうまくいっている間はいいですが、今回のようにこじれると普通のクラブよりも始末が悪いのかもしれません。難しいところですね。
チームワークを大事にするカタルーニャの価値観
一つ、疑問に思っていることがあるんです。バルサにはプレーの美しさを追求するような独特のスタイルがあり、クラブ自体もソシオによる民主的な運営手法を貫いています。これらの独特なクラブ文化には、やはりカタルーニャの文化や考え方が反映されていると思いますか?
田澤 僕はフットボールに詳しくないので何とも言えませんが、もしかするとバルサのスタイルにはカタルーニャ人の考え方が少なくとも一部、反映されているかもしれません。つまり、カタルーニャはマドリードのような貴族・地主社会ではなく、産業社会だということからくる考え方です。
その点は前回の取材でもお聞きしました。マドリードは王政時代から続く貴族社会、カタルーニャは産業の中心地だったと。
田澤 そうです。貴族・地主社会では働かずに派手な生活をすることが理想とされますが、産業社会では、いい仕事をした時に幸福感が得られると考えます。どうでしょう、フットボールといくらか共通点はありませんか?
確かに、バルサが育てた選手はみんな、印象が地味なんです。アンドレス・イニエスタやシャビはどれだけ素晴らしいプレーをしても、注目されることを好まないタイプだと思います。
田澤 貴族・地主社会では、少数の人が社会をコントロールします。だからスポーツ・娯楽でも、闘牛のように一人のヒーローが活躍するものが好まれる。一方、産業社会ではみんなが力を合わせなければいい仕事はできない。裏方の仕事もきちんと評価されます。上に立つ者は下の者の意見を聞きながら、チームワークで全体を運営しなければなりません。それがカタルーニャ人の価値観の根底にあるんですね。
では、最後にお聞きします。今回の独立問題は、単にカタルーニャの問題ではなく、EU体制がグローバル化を進めてきた反動とも言われています。実際に欧州各国が分離・独立の火種を抱えている。そういった中で、この問題はどう収束していくと思われますか?
田澤 確かにグローバル化がもたらした社会問題は背景にありますし、国内に異民族を抱えるEU諸国は、独立を求めるカタルーニャに対して冷淡です。ただ、現時点で問題の焦点は、もはやカタルーニャが独立するかどうか、ということから、スペインが本当にEUのメンバーにふさわしい民主国家なのかどうか、という点に移っていると思います。カタルーニャでは独立をめぐって社会に大きな亀裂が生じました。一方で、スペインも非民主的な国家だというマイナスなイメージを国際社会に与えてしまった。いずれにとっても、大変残念な結果です。
INTERVIEW
田澤 耕 (たざわ・こう)
1953年横浜市生まれ。一橋大学社会学部卒業。東京銀行勤務を経て、大阪外語大学にて修士号取得。バルセロナ大学大学院にて博士号(カタルーニャ語学)取得。現在、法政大学国際文化学部教授。専門はカタルーニャ語・カタルーニャ文化。