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【リポート】コウチーニョ1月移籍の真相

2018.04.24

今年1月、バルセロナはリヴァプールから、クラブ史上最高額でフィリペ・コウチーニョを手に入れた。好調のチームになぜ、このタイミングで新戦力が必要だったのか。コウチーニョ獲得の経緯と背景を探る。
文=工藤拓 写真=ゲッティ イメージズ
[ワールドサッカーキング 2018年5月号]

CLで使えない選手に史上最高額を投じる

 今年1月、バルセロナがリヴァプールからフィリペ・コウチーニョを獲得した時、「なぜ今なのか?」と疑問に思った人は多かったのではないだろうか。

 ネイマールのパリ・サンジェルマン移籍に揺れていた昨夏ならともかく、その後のチームは順調に結果を出し続けてきた。ラ・リーガでは独走態勢を固めているし、コパ・デル・レイとの連戦が終わる2月上旬を過ぎれば、後半戦はチャンピオンズリーグの勝ち上がりが最も重要になる。しかしコウチーニョはリヴァプールでCLに出場しているから、バルサでCLに出場することができない。

 そんな選手を、クラブ史上最高額となる1億6000万ユーロ(約208億円。出来高4000万ユーロを含む)もの資金を投じて獲得した理由は何だったのか。

 昨夏、2億2200万ユーロ(約289億円)の移籍金と引き換えにネイマールを失ったバルサにとって、新たなクラックの獲得は急務だった。コウチーニョは補強リストの最上位にリストアップされていた。

 ボールスキル、周囲との連係能力、一対一の突破力。優れた個人能力を備える彼は、ネイマールが抜けた左ウイングだけでなく、近い将来チームを去ることになるアンドレス・イニエスタの後継者として、インサイドMFでもプレーできる選手だ。さらにラ・リーガでのプレー経験があり、インテルやリヴァプール、ブラジル代表といった、大きな重圧にさらされる環境も経験している。未知数な部分が多かった20歳のウスマン・デンベレと違い、即戦力として計算できる人材だ。つまり、遅かれ早かれ獲得に動くことは確実だったわけだが、それを1月に決断した背景にはいくつかの事情があった。

ロシアW杯とイニエスタの去就

 昨夏は断固として交渉に応じなかったリヴァプールは、1月の移籍マーケットを前に態度を軟化させた。その時期、彼らは合計1億6000万ユーロも使ってフィルジル・ファン・ダイクとナビ・ケイタを獲得したため、収支のバランスを取る必要に迫られていた。

 昨夏の獲得交渉では、リヴァプールから2億ユーロ(約260億円)を超える金額を突きつけられていたが、1月には1億ユーロ台での交渉が可能になった。コウチーニョはブラジル代表の主力でもあり、シーズン終了後にワールドカップで活躍すれば再び値段が上がってしまう可能性がある。バルサは今が“買い時”と判断した。

 さらに、今シーズン終了後にイニエスタが退団する可能性が高まってきたことも、コウチーニョの獲得を急がせる一因となった。昨年10月、イニエスタは異例の「生涯契約」を結んでいるが、その内容は毎年、シーズン終了時にチームに残るかどうかを本人の意思に任せる、というものだ。つまり、本人が望めばいつまでもバルサでプレーできるし、いつでも退団できるという契約だった。すると昨年12月、中国クラブが破格のオファーを仕掛けてくる。

「バルサに残るか、中国へ行くか、4月30日までに決めなければいけない」

 3月14日、チャンピオンズリーグのチェルシー戦後にイニエスタ本人がそう認めるまで、中国行きは実現性の薄い“片思い”として伝えられていた。しかしバルサは早くからその可能性を考慮して、いち早くイニエスタの後継者になり得るコウチーニョの獲得に動いたのだ。

過去10年で最低のホーム観客動員数

 世論もコウチーニョを必要としていた。ここまで手堅く勝ち点を積み重ねてきたものの、今シーズンのバルサは90分間ライバルを圧倒し続けるようなプレーを見せてはいない。特にアタッカーは駒不足で、4-4-2にシステムを変えたのもFW不足を補うための苦肉の策だった。

 辛抱強くチャンスを与えたジェラール・デウロフェウは使い物にならず、目玉補強となったデンベレはケガで前半戦を棒に振った。エルネスト・バルベルデ監督はパウリーニョやパコ・アルカセル、アレイクス・ビダルらを有効活用することで何とか結果を出してきたものの、それでも解決できない問題があった。

 ネイマールの移籍によるスペクタクル性の欠如と、それに伴う観客動員の減少だ。ラ・リーガの前半戦19試合が終わった時点で、全公式戦におけるカンプ・ノウの平均観客動員数は6万757人。これは過去10シーズンにおける最低の数字で、それまでの平均値より1万人以上も少ない。集客率の61.1パーセントは、ラ・リーガの20チーム中4番目に低い数字だ。

 この数字には、無観客で行われた10月1日のラス・パルマス戦が含まれていない。同日のカタルーニャの独立を問う住民投票と、それに伴う暴動、また昨年8月のテロ事件などの影響で、バルセロナを訪れる観光客が減少している影響もあるだろう。そこにネイマールの移籍が重なり、一般ファン層の関心も下がってきている。

適応力が問われるシーズン終盤戦

 コウチーニョの獲得が決まる数日前、地元紙『スポルト』が行ったアンケートでは、40万人超の回答者の70パーセントが、1月に補強すべき選手としてコウチーニョの名を挙げた。一方、補強が必要なポジションはセンターバックの64パーセントに対して、MFは31パーセントにとどまった。つまり、ファンもまた、1月のコウチーニョ獲得が急務ではないことを理解しながら、それでも「見たい」と望んでいたわけだ。

 1990年代に強烈なインパクトを残したロマーリオとロナウド、2000年以降のリヴァウドやロナウジーニョ、ネイマール。この30年ほどを振り返れば、いつもブラジル人クラックの遊び心あふれるプレーがバルサに華を添えてきた。スペクタクルを求めるカンプ・ノウの観衆は、コウチーニョに同じ役割を期待している。

 加入から3カ月近くが経過した現在、まだコウチーニョは新しいプレー環境に適応している段階にある。リヴァプール時代からの友人ルイス・スアレス、ブラジル代表の同僚パウリーニョとは時おり息の合ったコンビネーションを見せるものの、バルサのアタッカーに求められるプレー、つまりメッシを生かし、メッシに生かされる関係はまだ確立できていない。バルサ特有の繊細なポジショナルプレー(ボールの位置に合わせて細かくポジショニングを修正しながらパスコースを確保し続けるプレー)も消化しきれていないし、左サイドにおけるジョルディ・アルバとの縦の関係もちぐはぐだ。

 とはいえ、今シーズン終了までの数カ月間は、それらの課題をクリアし、才能を存分に発揮するためのベースを築く準備段階と考えるべきだ。彼がクラブ史上最高額の移籍金に見合う選手かどうかを判断するのは、それからでも遅くない。

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