パス754本でマンUを圧倒したバイエルン、バルセロナを超える究極のサッカーとは

during the UEFA Champions League Quarter Final first leg match between Manchester United and FC Bayern Muenchen at Old Trafford on April 1, 2014 in Manchester, England.

文=西部謙司

 チャンピオンズリーグ決勝トーナメント準々決勝ファーストレグが1日に行われ、マンチェスター・Uとバイエルンが対戦し、1-1の引き分けに終わった。試合はバイエルンがアウェーながらもボールポゼッションで70パーセントをキープ。パス成功本数を比べてもバイエルンが754本、マンチェスター・Uが231本と圧倒した。

 ジョゼップ・グアルディオラが新監督に就任したとき、「変えるのは少しだけだ」と言った。昨季3冠のバイエルン・ミュンヘンは何も変える必要のないチームだったからだ。

 しかし、いざシーズンが始まってみると変えたのは「少し」どころではなかった。グアルディオラ監督は、バルセロナの哲学と戦術をドイツ王者に持ち込んだ。バイエルンは、バルセロナではない。最近、フランツ・ベッケンバウアーが「これではバイエルンのサッカーではない」と、話したとおりである。

 では、なぜグアルディオラはバルセロナのサッカーをバイエルンに移植したのか。そして、なぜブンデスリーガ史上最短優勝という成功を収められたのか。

 バルセロナのカンテラで育ったグアルディオラはバルセロナの申し子だ。彼にとってサッカーとは、バルセロナのサッカーにほかならない。あとは、自らが率いるチームにバルセロナのサッカーを吸収できる土壌があるかどうか。3冠を達成したユップ・ハインケス監督の前任者は、オランダ人のルイス・ファンハールだった。ファンハールはバルセロナの監督を二度務め、パスワークを重視する指導者だ。ある程度の下地はできていた。

 バルセロナのサッカーは「ボールを奪われないこと」を前提にしている。独自のパスワークや崩し方、プレッシングの方法を伝統として受け継いでいて、彼らのやり方で70パーセントほどのボールポゼッションがあれば8割方の試合に勝てると考えている。グアルディオラが率いていたときは、まさにそういうチームだった。

 バルセロナに勝つ方法は簡単である。彼らの勝利の前提であるボールポゼッションを切り崩してしまえばいい。自陣で守るような設計になっていないチームなので、ボールを持たせなければ恐くない。ただ、現実にバルセロナに対してポゼッションで上回れるチームなどなかった。

 今季、グアルディオラ監督の率いるバイエルンは高いボールポゼッションを誇っている。その中心にいるフィリップ・ラームは、パス成功率100パーセントという信じられない記録も作った。バルセロナを上回れるかどうかはわからないが、少なくともバイエルンは同等の力を持つに至った。ポゼッションで互角なら、バイエルンにはバルセロナにはない強みがある。フランク・リベリー、アリエン・ロッベンの突破力、マリオ・マンジュキッチやトマス・ミュラーの高さ、さらにCKやFKでの高さ……こうしたフィジカルの強さはバルセロナにはない、バイエルンの強みだ。

 昨季のUEFAチャンピオンズリーグでバイエルンはバルセロナに対して2試合合計7-0で勝っている。バルセロナのコンディションが悪かったのは差し引かなければならないが、バルセロナのポゼッションを幾分か削り取ることに成功したので、フィジカルの優位を活かすことができた。今季、バイエルンはさらにポゼッションを高めている。つまり、完全にバルセロナを上回る可能性が出てきた。守備とカウンターでバルセロナを相手に勝利したチームはあるが、バルセロナにとっては20パーセントが出た試合にすぎない。ところが、もしバイエルンがポゼッションでバルセロナを上回れば、完全にバルセロナを叩きのめす初のチームになり得る。グアルディオラは、自らが作り上げた史上最高クラスのチームを上回るチームを作りたかったのだろう。実際、バイエルンは早くもそうなりかけている。

 ベッケンバウアーは「バイエルンのサッカーではない」と言ったが、バルセロナのサッカーも元はアヤックスのサッカーだった。アヤックス出身のヨハン・クライフがバルセロナに移植したのだ。グアルディオラは、クライフを「ラファエロ」に例えた。ルネッサンスの巨匠の作品には、弟子たちが仕上げたものも多いそうだ。デザインを描いたのは紛れもなくクライフだが、その後に修正や進化を繰り返してきたのが、バルセロナのサッカーだというわけだ。アヤックス生え抜きのクライフがバルセロナで成し遂げた仕事を、今度はバルセロナ生え抜きのグアルディオラがバイエルンでやる。今度は、彼が「ラファエロ」になる番なのだ。

■西部謙司
1962年9月27日生まれ、東京都出身。サッカー誌「ストライカー」の編集記者をつとめ、95年より約3年間フランスのパリに在住し欧州サッカーを堪能。現在はフリーランスのサッカー記者として活躍。近著に「グアルディオラ主義」(河出書房新社)がある。

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