[写真]=Getty Images
尚州尚武を取り巻く複雑な事情
Kリーグの2020年シーズンの前半戦が終わろうとしいている。今シーズンは新型コロナウイルスの影響で2カ月遅れての開幕となったことで試合数が減少。本来の38ラウンド制から27ラウンド制に短縮され、7月18・19日に第12節が終了した。そのなかで、意外なクラブの健闘が目を引く。
リーグ3連覇中の
4月には新型コロナウイルス感染症の検査に向かう選手を乗せた車が交通事故に遭い、リーグ開幕戦は主力を欠いて黒星スタート。それでも第2節以降から持ち直し、第12節が終わった時点で7勝3分け2敗の勝ち点24。このままシーズンを終えれば、来シーズンのAFCチャンピオンズリーグ(ACL)プレーオフ出場権も手にできる。
もっとも、尚州尚武はワケあってACL出場権を得ることはできない。それどころか、3位フィニッシュはもちろん、たとえ優勝しても、来シーズンはKリーグ2(2部)への自動降格が決まっている。
これには、尚州尚武を取り巻く複雑な事情がある。日本でも知られているように、韓国では成人男子に兵役が義務付けられている。1984年には、兵役対象の年齢に達したスポーツエリートたちの競技生活の維持を目的として、国軍体育部隊が設立された。尚州尚武は、その韓国国軍体育部隊のサッカーチームなのだ。
部隊の別名は「尚武」だ。国家代表歴のある優秀なアスリートのみ入隊が許され、サッカー、野球、バスケットボール、陸上、卓球、射撃など計23種目400人のスポーツエリートたちが国家予算のもとで自己鍛練に励み、それが軍務と見なされている。大学卒業後やプロ1~3年目を終えた頃に尚武に入隊するパターンが多く、1990年代までは実業団リーグや世界軍人スポーツ大会などが彼らの主戦場だった。
だが、代表クラスの選手やプロ経験者が実業団リーグで2年近くを過ごすのは惜しい。そこで、韓国サッカー協会と韓国プロサッカー連盟は国防部に働きかけ、尚武のKリーグ参加を主導。「地域に根差したホームタウン制の確立」を目指していたKリーグは、「10年以内にプロクラブを創設すること」を条件に、尚武の誘致に名乗り出る地方自治体を募った。すると、日韓ワールドカップの開催都市として新スタジアムを完成させていた
尚武は兵役義務を終えていない代表クラスの“受け皿”
ただ、その光州尚武の歴史は2010年で幕を閉じる。もともとホームタウン契約が8年だったこともあるが、光州市が新たに市民クラブ(現在の光州FC)を創設したことに伴い、尚武は光州での役目を終え、新たなホームタウンを探さなければならなくなった。
そこに名乗りを上げたのが、光州から北西に約270キロ離れた尚州市だ。尚州市は韓国有数の農村地帯として有名で、さしたる娯楽はなく、誘致に向けて市営スタジアムにナイター設備を整えたほどだった。
こうして2011年から尚武は「尚州尚武」と名を改め、2013年にはアジアサッカー連盟のクラブライセンス制度の導入に対応すべく、「社団法人・尚州尚武市民プロサッカー団」が創立された。ただ、選手たちの身分が軍人のままであることがネックとなり、前述した通り、ACLの出場資格がない。
それでも尚州尚武には毎年、多くの有力選手たちがやって来る。現在、鹿島アントラーズで活躍するクォン・スンテは尚州尚武の1期メンバーであるし、元ガンバ大阪のイ・グノや元サガン鳥栖のキム・ミヌといった韓国人Jリーガーたちも、いったんKリーグに籍を置き、尚州尚武で兵役義務を務めた。尚武はいわば、兵役義務を終えていない代表クラスの“受け皿”になっているわけだ。
ただ、「尚武=兵役」でもあるだけに、除隊時期が来るとそれぞれの所属クラブに戻る。つまり、選手の入れ替えが激しく、戦力も安定しない。選手たちも尚武に在籍中は軍人扱いなので、年俸も勝利給もなく、モチベーションの維持が難しい。対戦相手が古巣でやりにくいだけでなく、地元サボーターからも「2年で去っていく選手」と割り切られがちだ。
それゆえに“万年Bクラス”が定位置であることも当然と言えば当然なのだが、今シーズンは大健闘している。要因はさまざまなのだろうが、今シーズンが尚州尚武にとって「ラストシーズン」であることも関係しているのかもしれない。尚州とのホームタウン契約は今シーズン限りで、尚州市が新たな市民クラブの創設を目指しているのだ。尚武とチームを管轄する国軍体育部隊は、7月11日に
韓国プロサッカー連盟の規定では、新規クラブはKリーグ2から始めねばならないだけに、尚武としては苦渋の決断だったに違いない。だが、尚武にも意地とプライドがあるのだろう。継続的にリーグ参戦するためでもあり、尚州市への感謝とチームの価値を証明したいという思いが、選手たちのモチベーションになっていることは想像に難くない。
はたして尚州尚武は、ラストシーズンをどんな結果で締めくくるだろうか。尚武はかつて「ブルサジョ」(不死鳥)という愛称を持ち、今もチームエンブレムにはフェニックスの紋章が描かれている。2022年シーズンには、不死鳥のようにトップリーグの舞台に戻ってくることを期待したい。
文=慎 武宏
By サッカーキング編集部
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