[写真]=本多辰成
昨年7月、タイ代表の新監督に西野朗氏が就任して注目を集めたが、クラブレベルではそれ以前からタイで指導する日本人監督が存在する。2014年にチョンブリーFCを率いてリーグ年間最優秀監督に輝いた和田昌裕氏や、2015年にチェンマイFCを率いた三浦泰年氏など、Jリーグの監督経験者がタイのクラブで指揮を執った例も複数ある。
しかし、「タイリーグで継続的に活躍する日本人指導者」は限られる。今年でタイリーグ8シーズン目を迎えている神戸清雄氏は、その数少ない一人だ。
神戸氏は1991年から2012年までジェフユナイテッド市原・千葉(2001年まではジェフユナイテッド市原)に在籍し、育成組織の立ち上げから育成年代の指導、さらにはトップチームのコーチ、監督、テクニカルダイレクターを歴任。その後は日本サッカー協会からの派遣でフィリピン、グアム、北マリアナ諸島の代表監督を務めた。
ジェフユナイテッド市原・千葉での在籍が10年を超えた頃、ふと「このまま日本でやっていていいのかな」と思ったのが、指導者として海外へ出るきっかけになったという。
神戸氏がタイへ渡ったのは2013年のこと。当時、2部リーグに所属していたナコーンラーチャシーマーFCの監督をシーズン途中から務めた。タイリーグ2年目の2014年には2部リーグを制し、クラブ史上初の1部昇格を達成。その後は2016年まで同チームを率いたあと、チェンマイFC(当時2部)、ウボンUMTユナイテッド(当時1部)、ノーンブア・ピチャヤFC(当時2部)の監督を歴任した。今シーズンは2部昇格組ながら、充実の戦力で一気に初の1部昇格を狙うコーンケーン・ユナイテッドの監督を務めている。
8シーズンもの間、継続してタイリーグのクラブを指揮する日本人監督は、神戸氏のほかにいない。急成長するタイのサッカーを、現地で指導者として見続けてきた彼に話を聞いた。
取材・文=本多辰成
日本サッカーへのリスペクトを感じる
――2013年からタイリーグで監督を務めてきて、今年で8シーズン目となります。
神戸 2013年時点ではタイ・ホンダFCで滝雅美監督(現チェンライ・ユナイテッド監督)がパイオニアとしてやっていましたから、タイリーグの日本人監督としては私が2人目になるでしょうか。あのときは急きょお話をいただいて、着の身着のままのような感じでタイに来たので、まさかこんなに長くいることになるとは思っていませんでした。
――タイで最初に率いたナコーンラーチャシーマーFCでは、2シーズン目に2部リーグ優勝を果たしてクラブ史上初の1部昇格に導きました。
神戸 コラート(ナコーンラーチャシーマーの通称)では少なからず成功を収めることができたので、ありがたいことに今でも街ではどこへ行っても「カンベ、カンベ」と声をかけてもらえます。
――神戸監督時代のナコーンラーチャシーマーFCでは、スタンドに日の丸が揺れている光景をよく見かけました。今は西野朗監督がタイ代表を率いていますが、タイサッカー界の日本人指導者を見る目をどのように感じていますか?
神戸 日本サッカーや日本人に対するリスペクトはすごく感じます。私もコラート時代から実感していましたし、西野さんの人気もそれがベースにあると思います。西野さんの場合はJリーグでも成功していて、ロシア・ワールドカップでもインパクトを残している。そういう人が来てくれたということで、特に歓迎されているんじゃないでしょうか。そのうえで西野さんもタイに対するリスペクトがあって、上から目線で頭ごなしにはやっていません。Jリーグ時代にもいい例、悪い例の外国人監督をたくさん見てきましたが、お互いにリスペクトがあって初めて、海外で指導者として結果が出せるのだと思います。
――神戸監督も当初からそういった面を意識されていましたか?
神戸 そうですね。私の場合は、タイの前にも海外での指導経験がありましたから。特にタイの場合は選手の能力の高さに驚かされましたし、まだルーズなところもあったけどポテンシャルはすごいものがあると感じました。それは今も感じていて、タイサッカーはこれからもっと良くなるんじゃないかなと思います。そのために何か力になりたいという気持ちが強くなって、今もここにいるわけです。
Jクラブに薦めたいタイ人選手は数多い
――実際、チャナティップをはじめとするタイのトップ選手たちがJリーグで活躍する時代になりました。こういった未来は予想できていましたか?
神戸 チャナティップは言わずもがな、Jリーグで活躍できるタイ人選手はたくさんいると思っていました。チャナティップはミシャ(ミハイロ・ペトロヴィッチ監督)のもとで力を発揮していますし、ティーラトンも横浜F・マリノスの戦術のなかで非常に攻撃的なサイドバックとして生き生きとやっている。この2人はチームにも恵まれたと思います。逆にティーラシンはまだ十分に力を発揮できていませんが、20代の全盛期に行っていればさらに活躍できたかもしれませんね。
――ちょうど神戸監督のタイリーグ1年目、ナコーンラーチャシーマーFCには現在タイ代表の不動のボランチであるサーラット・ユーイェンがムアントン・ユナイテッドからレンタル移籍中でした。彼もJリーグへの移籍の噂が絶えない選手ですが、若き日のサーラットにはどんな印象を持ちましたか?
神戸 当時から非常に技術が高くて、タイの2部にこんな選手がいるのかと驚きました。ただ、彼はどちらかというと日本人選手に近いタイプで、チャナティップのドリブルのような突出した武器はありません。数年前に大きなケガをしましたが、できればその前にJリーグに行ってほしかったですね。ただ、今は年齢的にも円熟味が増しましたし、技術は確かですから、J1でも十分にやれると思いますよ。
――今、Jリーグのクラブに特に薦めたいタイ人選手は誰でしょうか?
神戸 たくさんいますが、西野さんのタイ代表でサーラットとボランチのコンビを組んでいるピティワット(スクチタマクン)は特にオススメです。左利きで自分でも運べてパス能力も高く、総合的な能力が高い。運動量もあって守備もいいので、日本のサッカーに適応できる可能性が高いと思います。あとは、タイには左利きのいいサイドバックが日本よりたくさんいるので、これからチャンスがあるんじゃないでしょうか。
――20歳前後の若い才能も次々と頭角を現していますし、「第2のチャナティップ」が出てきそうですね。
神戸 すでにA代表でも戦力になっているエカニット・パンヤ(20歳)やスパナット・ムアンター(18歳)、アーノン・アモンルーサック(22歳)といったクラスは、十分にJリーグでもやれるでしょう。ただ、いきなりJ1のクラブに移籍すると出場機会に恵まれない可能性もあるので、これからは才能のある若いタイの選手が、例えばJ2から入ってステップアップしていくというケースがあってもいいんじゃないかと思います。
タイのW杯出場のために少しでも力に
――今シーズンはT2(2部リーグ)のコーンケーン・ユナイテッドの監督に就任しました。T3からの昇格組ながら一気にT1昇格も狙えるチームだと思いますが、手応えはいかがですか?
神戸 監督としてタイリーグで5チーム目になりますが、今まで見てきた中でもかなりいいチームができていると思います。もちろん100パーセントではありませんが、自分の思い描く方向に進んでいる。この中断期間に選手を新たに集め直さなければいけない状況のチームもあるようですが、うちは戦力も維持できています。
――開幕から4試合で2勝1分け1敗としたところで思わぬ長期中断となりましたが、この中断はチームにどんな影響があったでしょうか。
神戸 開幕から4試合はすごくいい感じで来ていたので、長期中断に入ったのはちょっと残念でした。7月20日から本格的なトレーニングを再開し、今はチームのコンセプトを再確認しながら9月12日のリーグ戦再開に向けて準備を進めているところです。
――ナコーンラーチャシーマーFCを退団して以降は、シーズンの途中からチームを率いることが多かったですが、今回は開幕前に就任したことで十分に準備できたのでは?
神戸 そうですね。実は昨シーズン中からお話をいただいていて、試合にも2、3回は足を運んでいたんです。昨年はT3を独走状態でT2昇格が確実な状況でしたから、T2に上がったら監督をしてほしいということで。私ももうT1、T2の選手はだいたい分かっているので、チーム編成の段階から関わらせてもらいました。今は新しいチームに行っても選手たちは私のことを知っているので、最初の頃よりやりやすい面もあります。
――今後、タイで成し遂げたいことや夢などはありますか?
神戸 代表チームやビッグクラブに関わることには興味がないですし、野望もないので、これからもクラブレベルでいろんな選手に接していきたいと思っています。サーラットもそうですが、関わった選手が伸びていくのが楽しみなんです。タイがW杯に出場するのが夢なので、ほんの少しでもその力になることが一番。地道にクラブレベルでタイの選手たちと接していきたいと思っています。
――タイのW杯出場は近いと思いますか?
神戸 日本が短期間で成し遂げたように、タイにもできると思います。ポテンシャルを考えれば十分に可能なことです。私が監督業を引退したあとになるかもしれませんが、日本で「タイがW杯初出場」というニュースが聞けたら、そんなにうれしいことはないですね。