クラブワールドカップ決勝進出を果たした鹿島アントラーズ [写真]=Getty Images
珍しい光景だった。敵陣の左サイド、ゴールまで約30メートルの地点で獲得した直接フリーキックのチャンス。本来ならば相手ゴール前にポジションを取り、空中戦からゴールを狙う役割を担う鹿島アントラーズのDF昌子源が、自軍のベンチ前へ走り寄っていく。
テクニカルエリアで戦況を見つめていた石井正忠監督と、真剣な表情で何かを確認し合っている。南米サッカー連盟代表のアトレティコ・ナシオナル(コロンビア)と市立吹田サッカースタジアムで対峙した、14日のFIFAクラブワールドカップ ジャパン 2016準決勝。71分過ぎに訪れたやり取りが、鹿島に受け継がれる“らしさ”を象徴していた。
「(永木)亮太君はどのような指示を受けて入っているんですか」
昌子が確認したかったのは、キャプテンのMF小笠原満男に代わって58分に投入されたMF永木亮太の役割だった。その4分前にはFW赤崎秀平に代えてFW金崎夢生をピッチに送り出すなど、1点をリードしている状況で早目の交代カードを切った理由を、石井監督は試合後の公式会見でこう説明している。
「相手の攻撃力がかなり高かったので、同点にされずにこちらが点を取ることを考えて2人を入れました。亮太に関しては守備面を安定させることを考えていましたが、ボールを奪ってからの攻撃力もあるので、それも期待しながらです」
攻めることで相手の勢いを封じ込める狙いも込めて、永木の武器でもある「前への推進力」を生かす青写真を描いていたのだろう。もっとも、昌子が思い描いていた選手交代とはちょっと乖離していた。実は後半に入ると、3トップの背後に位置する背番号10のMFマクネリー・トーレスが厄介な存在になっていた。
鹿島のダブルボランチ、小笠原と柴崎岳のマークを巧みに外してはパスを受けて攻撃を差配する。何かしらの対策が必要なのではないか、と思い始めた矢先に永木が交代で入ってきた。守備力も高い永木の運動量でトーレスを封じ込めるのかと考えたが、どうも勝手が違う。
ベンチとピッチで実際に戦う選手たちの思いがずれたままでは、小さな綻びが大きな穴となり、いつ決定的なピンチを招くともわからない。ファウルを食らったFW土居聖真がピッチにうずくまり、試合が中断する瞬間を待っていたとばかりに、昌子は石井監督と直接言葉を交わしにいった。そして、永木には特にトーレス封じのミッションを託していないと告げられると、こんな言葉を返している。
「10番は極力、亮太君に見てほしい。僕のコーチングで、亮太君につかせる時が多くなってもいいですか」
最前線には今夏のリオデジャネイロ・オリンピックに出場し、手倉森誠監督(現日本代表コーチ)に率いられたU-23日本代表とも対峙している身長183センチメートルのミゲル・ボルハをはじめ、3人のストライカーが攻め残っている状況が続いていた。
そこでセンターバックのどちらかがトーレスとの間合いを詰めれば、最終ラインに決定的なギャップが生じかねない。自軍のゴール前でのみ感じられる、相手攻撃陣の狙いがひしひしと伝わってきたからこそ、昌子はあえて指揮官の狙いに修正を願い出た。
間髪入れずに「それは中で(自由に)やってくれ」と一任した石井監督は、時間にして十数秒ほどの昌子とのやり取りこそが鹿島の強さの“源泉”だと力を込める。
「チームとして守備から入ることを実践し続けてきた中で、試合中に選手たちがベンチや監督の方を見て指示を仰ぐのではなく、試合中に選手たちが自分たちでしっかり判断しながら、という部分があるチームなので。その部分が、慌てなかった対応につながったと思います」
珍しい光景はまだ続く。トーレスを監視してほしいと指示した昌子と、それは基本的に最終ラインの役目だと考えていた永木がお互いに納得せず、半ば口論のような状況を招いてしまった。昌子が続ける。
「今すぐにゴールが必要かと言ったら、1-0で勝っていたこともあるし、特に前線の3人と10番は攻め残っていたわけやから。亮太君も(柴崎)岳も運動量があるけれども、そこはやはりどちらかが残ってほしいと伝えました。何か言い合いみたいになってしまったけど、亮太君も10番にしっかりとついてくれたことで、相手としてもちょっとボールを回しづらくなったのかなと。チームとして、そして組織として戦えたことが、2点目、3点目につながったと思います」
目の前の試合に勝つためには何が必要なのか、という考えに則って鹿島の選手たちはピッチに立つ。当然ながら意見が食い違うこともあるが、その時は例え試合中であっても簡単には妥協しない。根底に流れているのは神様ジーコが礎を作った黎明期から脈々と受け継がれてきた、勝者のメンタリティーだと石井監督は言う。指揮官もまた、1993年5月16日のJリーグ開幕戦をジーコとともに戦っているOBの一人だ。
「勝負に対する執着心があることと、チームのために全員が一人ひとりの役割を全うすること。そういう気持ちがあるチームなので、その点も今日の試合は非常に良く出ていたのではないかと思います」
勝負への執着心が強いからこそ意見をぶつけ合えるし、目標も高く掲げられる。キックオフ前に守備陣が設定した目標は無失点。好調な攻撃陣へ厚い信頼を寄せ、ゼロに抑えれば勝てるという方程式を成り立たせても、昌子とセンターバックを組んだ植田直通は「まだまだ納得できない」と笑顔すら浮かべない。
「内容としてもあまり自分たちがしたいと思っていたサッカーではないし、自分としては全てで納得できない。高さ以外でも勝ちたいところがあるので」
植田が納得できていないプレーのひとつに、ボルハとのマッチアップがあるはずだ。鹿島ゴールに背を向けた体勢でボールを収めるボルハとの間合いを詰め、背後にピタリと密着するたびに、昌子から「そんなにくっつくな!」と怒気を含めた指示が飛んできた。
驚くほど運動量が少なく、鹿島守備陣を拍子抜けさせたボルハだが、規格外のパワーとゴール前での一瞬の駆け引きは長けていた。自らの手を触れさせることで背中越しに迫る相手の位置や体勢を確認して、一瞬の隙を見逃さずにターンしてマーカーを置き去りにする。大柄な外国人選手と対峙する際の守備の“秘伝”が鹿島には伝わっている、と昌子は力を込める。
「スローインの時に僕が9番(ボルハ)の背後についたけど、案の定、手を使って僕のことを探してきた。なので、手が当たらんような位置にいたら、誰もマークに来ていないと思ったのか、体の横でトラップしたので、そこを狙ってボールを奪えた。そういう駆け引きを、僕は(中田)浩二さんや(岩政)大樹さんから教わった。センターバックだと、Jリーグでも外国人選手と対峙することが多いので。歴代の先輩たちの教えを、今日も実践したまでです」
実践したのはテクニックだけではない。アフリカサッカー連盟代表のマメロディ・サンダウンズ(南アフリカ)との準々決勝で、前歯をへし折られたのはわずか3日前。痛み止めを服用し、医師からは「強い衝撃を受けると折れる」と警告された、プラスチック製の差し歯でむき出しになった神経をカバーして、昌子は何事もなかったかのように最終ラインを統率した。
「もう割れてもええ、という感じでした。ご飯とか固いものを食べただけでも割れると言われていたし、肉なんかもすごく細かく切って食べるのは辛かったけど、それでも言い訳にはできませんからね」
昌子の体と気力を支えていたのは、中田浩二氏(2014シーズンで引退)や、今もお互いに刺激し合う岩政大樹(前ファジアーノ岡山)から受け継いだ、常勝軍団の最終ラインを司る覚悟と責任感。そして、試合途中からは鹿島のもうひとつの伝統でもある“狡猾さ”も発揮していた。
FIFA(国際サッカー連盟)主催の大会で初めて導入されているビデオ・アシスタント・レフェリー(VAR)により、鹿島にFIFAの主催大会の歴史上で初めてとなる“ビデオ判定によるPK”が与えられ、土居が冷静にゴール左隅へ決めたのが33分。喜びと同時に要警戒を、昌子は全員に呼び掛けている。
「ああいうのでPKになるなら、ウチも取られる可能性が非常に高いと。特に相手にセットプレーを与える度に『手は使わずに、タイトに体をぶつけていこう』と言いました」
初めて臨む大舞台で、受け継がれてきた“らしさ”を存分に発揮。日本勢としてだけでなく、アジア勢としても初めてのファイナリストとなった鹿島は快挙達成から一夜明けて、18日に決勝戦が行われる横浜の地へと移動した。対戦相手は15日夜のもうひとつの準決勝で決まるが、心技体のすべてが最高のハーモニーを奏でる選手たちは、欧州サッカー連盟代表の銀河系軍団、レアル・マドリード(スペイン)との世界一をかけた真剣勝負しか望んでいない。
文=藤江直人
By 藤江直人