イングランド男子プロ史上初の女性指揮官…ハンナ・ディングリーとは何者か？

　4日、EFLリーグ2（イングランド4部相当）のフォレストグリーン・ローヴァーズは、ダンカン・ファーガソン前監督の退任を受け、同クラブのアカデミーで指揮を執っていたハンナ・ディングリー氏がトップチームの暫定監督に就任することを発表した。そこで今回は、イングランドで男子のプロチームを率いる史上初の女性指揮官となったディングリー氏について、その経歴を紹介しよう。

　現在39歳のディングリー暫定監督は1983年7月19日にウェールズ南西にあるカーマーゼンで生まれた。本人曰く「強いサッカー文化を持つ家系」であり、自身もサッカーに魅入られるのは自然なことだったという。5歳のときから兄や他の男子とともにプレーを始めたそうだが、通っていた学校には女子チームがなく、11歳のときに女子が男子チームでプレーすることを禁止されたため、そこから16歳まではプレーができなかったという。

　しかし本人は「地元では女子がフィールドホッケーとネットボールをして、男子はサッカーとラグビーをするものと決まっていた。でも、自分が参加できなくても、サッカーを好きな気持ちは変わらなかったし、男子のプレーを観戦に行っていた」と振り返る。転機となったのは16歳で参加した職業体験だった。

　クラスで唯一の女子としてサッカーの職業体験で1週間ほどスウォンジーへ。そこで当時のヤン・メルビー監督の仕事ぶりに感銘を受け、指導者の道に進むことを決めたという。「スタジアムに足を踏み入れたときのあのざわめき、平日の9時から5時まで働くこととの違いに息を呑みました。チームを待っているファンのみんなの中を歩いたときに“これが自分のやりたいことだ”と思ったのです」

[写真]＝Getty Images

　イングランドのラフバラー大学に進学し、スポーツ、エクササイズ＆ヘルスサイエンスやコーチングを学びながら、指導者として地元のチームや大学の男子チームなどで経験を積んだ。大学を卒業後は同校で講師として勤務。その後、ノッツ・カウンティのアカデミーコーチを経て、バートンのアカデミーコーチに就任した。男子のU－15チームを指導しながら、ウルヴァーハンプトン大学でも教鞭を執った。

　その後、バートンではアカデミーコーチの責任者も務め、そして2019年の夏、フォレストグリーンのアカデミーマネージャーに就任した。ディングリー氏はイングランドの男子のプロクラブ史上初のアカデミーの女性コーチとなったが、残念ながら4年が経過した今もディングリー氏が「唯一」であることは変わっていない。

　フォレストグリーンは様々な面で先進的なクラブとして知られている。2010年にイギリスのエコ電力会社『エコトリシティ』のデイル・ヴィンス氏に買収されたことをきっかけに“環境にやさしいクラブ”を目指して、ホームスタジアムの屋根にソーラーパネルを設置するなどの取り組みを行い、2018年には世界で初めて“カーボンニュートラルなスポーツクラブ”と国連に認定された。スタジアムで使用されるプラスチックを最小限に抑え、選手のユニフォームもサステイナブルな素材を使用。また、スタジアムなどで提供する食事は「ヴィーガン食」のみという徹底ぶり。こういったクラブだからこそ、今回のような歴史的な人事が行えたのかもしれない。

ディングリー監督と言葉を交わすデイル・ヴィンス会長 [写真]＝Getty Images

　しかし、批判の声もある。イギリス紙『デイリー・テレグラフ』はこの人事が「売名行為」だとヴィンス氏を非難した。しかし、ヴィンス氏は「ふざけるなと言いたい。愚かな発言で、ハンナに対しても、クラブに対しても、サッカー界に対しても不快なものだ」と反論し、「彼女は4年前にアカデミーでの仕事を得たときと同じように実力でこの仕事を得た」と主張した。

　そうして、5日に敵地で行われた8部に所属するメルクシャム・タウンとの親善試合が、彼女の初陣となった。スタメンが読み上げられた後「今夜、EFL史上初の女性監督としてサッカーの歴史に名を刻むフォレストグリーンのハンナ・ディングリー監督に温かい歓迎を」とのアナウンスでキックオフ。フォレストグリーンは格下相手に先制を許したものの、85分に直接フリーキックを決めて追いつき、1－1のドローに終わった。

[写真]＝Getty Images

　昨シーズンのほとんどを降格圏で過ごし、ファーガソン前監督が指揮を執った18試合でわずか1勝しかできずにリーグ2へ降格となったチームを立て直すのは、簡単なことではないだろう。しかし、試合後のディングリー暫定監督の口ぶりは頼もしいものだった。

「私は今日、突然、男子チームの指導をすると決めたわけではありません。ノンリーグのチームも指導してきました。そこで1週間働き詰めの人たちを指導するのに比べれば、ここでプロを相手にするのはなんでもないことです」

　そして「私はアカデミーでも、何年も男子の指導をしてきました。選手と問題があったことはありません。彼らは、結局は良い指導者、良いプログラムを求めているのです。それをもたらすのが誰かは問題ではないはずです」と言葉を続けた。フォレストグリーンはここからトレーニングキャンプを行うこととなり、そこでディングリー暫定監督は選手たちとより多くの時間を過ごすチャンスを得ることとなる。フォレストグリーンに対しては100を超える正式監督就任の応募があるようだが、ディングリー暫定監督がその座につくのかを含め、今後に注目だ。

（記事／Footmedia）