ロシアW杯後の代表引退を表明したピケ [写真]=VI Images via Getty Images
スペイン代表は、本当に順調な再スタートを切った。そう実感させる10月のインターナショナルマッチウィークだった。フレン・ロペテギ監督が率いる新生スペイン代表は、2018 FIFAワールドカップロシア 欧州予選で、6日にイタリア代表とアウェーで対戦し、1-1のドロー。9日に行われたアルバニア代表とのアウェーゲームでは、2-0で勝利した。予選3試合を終えて、2勝1分。イタリアと同勝点ながら得失点差で首位に立っている。
ユーロとワールドカップを制覇したビセンテ・デル・ボスケ監督からロペテギ監督への移行はスムーズだ。黄金期を築き上げた指揮官が率いたチームの変革は、停滞があったり、選手選考に関して国民的な議論が巻き起こったり、一筋縄ではいかないのが常だ。ラウール・ゴンサレス氏の時などが象徴的だったが、世代交代時には議論が起こる。今で言えば、イケル・カシージャス(ポルト)の招集外は、少しは話題になりそうだが、地元メディアは全く触れない。ユーロ2016でダビド・デ・ヘア(マンチェスター・U)との正ゴールキーパー争いに決着がついたこと、カシージャスが今、レアル・マドリードに所属していないこと、そして何よりもスペイン代表が好調だからだ。
ロペテギ監督はアルバニア戦では、徹底的にディフェンスを堅める相手に対して、3バックを採用し、戦略どおり、我慢比べのゲームを見事に制した。しかし、新監督の手腕や新システムなどピッチの“サッカー”について地元メディアは大いに語るかと思われたが、違った。サッカーが好きなのか。それともサッカーの周辺に起こるスキャンダルが好きなのか。結局この10月のインターナショナルマッチウィークについて、世間の印象に残ることになったのは、ジェラール・ピケ(バルセロナ)の代表引退宣言だった。
アルバニア戦でピケは長袖をハサミで切り、半袖にしたユニフォームでプレーした。半袖には、袖にスペインの国旗の色である赤と黄色が施されている。長袖にはそういう装飾はなかった。ピケがユニフォームを切った理由は着心地がいいからだ。だが、試合を見ていた人々、メディアはピケのユニフォームを、スペイン国旗の色の部分を切った、と解釈した。カタルーニャ州出身であり、公言はしていないが、カタルーニャ独立を支持する姿勢を見せてきた。ゆえに「ピケはスペインへの忠誠心があるのか」と、また疑いの目が彼だけに向けられた。デ・ヘアは長袖を切り、セルヒオ・ラモス(レアル・マドリード)は長袖をまくってプレーしていた。彼らもピケ同様に袖にはスペインの国色がなかったが、彼らは何も言われなかった。
ピケはアルバニア戦後、ミックスゾーンでの取材で「ロシアW杯後に代表を引退する」と宣言した。スペイン紙『アス』はピケのコメントをこう伝えている。
「ユニフォームの半袖の袖がとても短かく、着心地がよくなかったので、長袖の裾を切った。もう疲れた。しずくでコップはいっぱいになった。だからワールドカップが僕の代表として最後の大会にすると決めた。これは今日だけの決断ではない。だけど、こういうことが多く起こった。僕は(スペイン代表に)すべてを捧げてきたと思っているし、これからもそうするつもりだ。僕に感謝してくれる人もいるし、他方でそうでもない人もいる」
「(代表引退について)熟考したし、前から頭にはあった。それは望んでいなかったけど、僕はそう感じている。ロシアで1つの区切りとなる」
「ロペテギのプロジェクトにはとても希望を持っているし、だから今日で辞めたくないんだ。僕らは一緒に始めたし、一緒に終わる。これからの2年間はとても強い意欲を持って生きていくよ」
「真剣だ。とても考えたことだ。僕の夢はW杯をプレーし、2度目の優勝をすることだ。そうなればとてもすごいことだ。またその時には年齢が31歳だ。若い選手たちに道を譲らなければならない。1つの時代は終わるけど、人生は続く。バルサではもっとサッカーを長くプレーし、楽しめることを期待している」
ピケはS・ラモスの長袖のユニフォームを持ってミックスゾーンで説明し、さらにスペインサッカー協会も彼を擁護する声明を発表した。
ピケはホームにも関わらず、スペイン代表として国内のスタジアムでプレーしているとブーイングされる。きっかけとなったのは、2015年の3冠達成後のバルセロナのセレモニーだ。「ありがとう、ケヴィン・ロルダン。全ては君から始まった」とマイクで話し、クリスティアーノ・ロナウド(レアル・マドリード)の誕生日会に呼ばれたコロンビア人DJの名前を出し、レアル・マドリードを皮肉った。
スペインではレアル・マドリードとバルセロナはまさに国を二分している。バルセロナのサポーターもいれば、それだけスペイン国内にはレアル・マドリードのサポーターも存在する。2015年10月にレオンで行われたコスタリカ戦ではピケにずっとブーイングが続き、音量は小さくなってきたが、違う都市でもブーイングは続いた。もはや恒例だ。この事態を考慮して、協会はマドリードでの親善試合開催をやめるほどだ。
ピケは優勝セレモニーで、バルセロナとレアル・マドリードとの間にあるライバル関係として茶化したつもりだ。しかし、カタルーニャ州独立の機運が高まっていることもあり、いつしかそんな政治のテーマとも絡めて、ピケのスペイン代表への忠誠心への疑いが語られるようになった。代表活動中のどんな些細なことも色眼鏡で見られ、掘り返された。今回のユニフォームの袖しかり、欧州選手権ではスペイン国歌演奏中に中指を立てていたのではないか、また過去の試合でも国歌演奏中に顔が下を向いていたかなど、いくらすばらしいパフォーマンスをしようが、嫌疑をかけられ、フォーカスされるのは決まって、彼のプレーよりもそういった話題だった。
レアル・マドリードとバルセロナの“エル・クラシコ”は、中央政府と独立派の代理戦争というテーマも絡んでいるがゆえに世界で最も面白いカードの1つとされている。騒動の発端となった自身の発言について、ピケはスポーツの上でのライバル関係で言ったと考えているようだが、この国ではスポーツ、特にサッカーは、政治とは切っても切り離せない。生粋のバルセロナニスタである彼が、そんな何十年も続いている事実を忘れることなんてあるのだろうか。
文=座間健司
By 座間健司