2011-12シーズンのブンデスリーガを制し、マイスターシャーレを掲げるクロップ監督 [写真]=Bongarts/Getty Images
文=鈴木智貴
ドイツ時間15日13時30分、日本代表MF香川真司が所属するドルトムントは緊急会見を開き、同クラブの顔とも呼べるユルゲン・クロップ監督が今シーズン限りで退任することを発表した。その会見で「このクラブの発展を妨げることはできない」と語った同監督だが、就任から7シーズンで彼が築き上げてきたものは、まさしく“クラブの発展”そのものだった。
クロップの就任会見が行われた2008年5月下旬、ドイツ屈指のビッグクラブはその歴史上で最も暗澹たる時代にあった。2005年には1億3470万ユーロ(約175億円)の負債が発覚し破産の危機を迎え、2007-08シーズンのDFBポカール(ドイツ杯)では決勝まで勝ち進んだものの、リーグでは残留争いに巻き込まれ青色吐息。しかしそんなドルトムントはクロップの笑顔とウィットに富んだ話し方、そして同監督が掲げる理想のサッカーに再び光を見出した。
就任1年目は、前指揮官が揃えたメンバーやサッカーを踏襲することもあったが、徐々に“クロップ色”を出し、それと同時に若手を次々と起用。指揮官の下、マッツ・フンメルスやネヴェン・スボティッチ、香川真司、ロベルト・レヴァンドフスキらは各国代表の主力に成長し、マルセル・シュメルツァー、エリク・ドゥルム、スヴェン・ベンダー、マリオ・ゲッツェ、ケヴィン・グロスクロイツらは、ブンデスリーガデビューからドイツ代表までの階段を瞬く間に駆け上がっていった。
もちろんクロップも、システムに合わない選手には出場機会を与えないという、プロの世界では至極当然なことを行っていたが、その一方で情に厚い人間でもある。
自身が獲得した元ドイツ代表DFパトリック・オヴォモイェラや元エジプト代表FWモハメド・ジダンには最後までチャンスを与え続け、負傷による長いブランクのため復帰当初はドルトムントの素早いサッカーについていけなかった元ドイツ代表MFセバスティアン・ケールも、かつて以上の輝きを放つようになっている。
そのようにベテランと若手を融合させ、2年連続リーグ制覇、ドイツ杯優勝、欧州チャンピオンズリーグ決勝進出など素晴らしい成績を残したことは、今や多くの人が知るところだ。
また、クロップが行った改革はピッチ上に留まらない。
同監督は、ハンス・ヨアヒム・ヴァツケCEOやミヒャエル・ツォルクSDらとの良好な関係を度々強調し、上層部が三位一体の健全なクラブであることを外に向けて発信。ファンの集いにはサプライズゲストとして登場し、小児病院を選手とともに積極的に訪問するなど、それまでのドルトムントとは180度違う姿を、そしてこのクラブを応援し携わる人は誰もが家族であるかのようなイメージも作り上げた。彼らのキャッチコピー『Echte Liebe(日訳:真実の愛)』は、同監督なしでは空中楼閣のままであったことだろう。
辞任会見でクロップは「もう来季のためのシーズンチケットを3枚確保したよ」と、微笑みながら話していた。
例え別々の道を歩もうとも、ドルトムントとクロップは“真実の愛”で結ばれている……そう誰もが確信した瞬間だった。
By 鈴木智貴