2014年夏からドイツでプレーする山田大記。日本代表入りのためにもブンデスリーガ1部でのプレーを目指す [写真]=Bongarts/Getty Images
ブンデスリーガのシーズン終盤戦を取材するためドイツに来た筆者は、4月30日にチャンピオンズリーグ出場権を懸けたレヴァークーゼン対ヘルタ・ベルリンの上位対決を取材した後、一路カールスルーエに向かった。理由は二つ。ブンデスリーガ2部のレベルやスタイルを現場レベルで感じたいこと。もう一つはカールスルーエでプレーする元ジュビロ磐田の山田大記がどのような環境で、どういうプレーをしているのかを知るためだ。
2部を観戦したことはこれまで何度かあったが、現地で山田のプレーを見るのは初めて。昨シーズンは1部昇格を懸けたハンブルガーSVとのプレーオフに出場し、惜しくも昇格を逃しながら2列目のポジションで確かな存在感を示していたが、今シーズンは開幕からスタメン出場を続けながらここまで3ゴール。チームも中位に沈み、残念ながら昇格には届かなかった。カールスルーエが来シーズン1部で戦うことはなくなってしまったが、果たして山田の現在地はどうなのか。そういう意味でも実際にプレーが見られることを楽しみにしていた。
カールスルーエ中央駅からスタジアムの最寄り駅までは市電で15分程度。そこから学校の宿舎を抜け、森林の豊かな公園の道を突き進むと、徒歩1キロほどでカールスルーエの本拠地ヴィルトパーク・シュタディオンが目に飛び込んでくる。陸上競技場のメインスタンド側トラックに芝のピッチを割り込ませた特異な構造のスタジアムで、この日は同じバーデン州をホームとするザントハウゼンと“ダービー”だったこともあり、公式発表で1万3405人の観客が詰めかけていた。もちろん大半はカールスルーエのサポーターで、序盤から一つひとつのプレーに大きな声を上げていたのが印象的だ。
前節が途中出場だった山田は、この日もベンチスタート。カールスルーエは4-2-3-1の布陣で左ウィングにテクニカルなモハメド・グアイダを配し、トップ下には屈強な攻撃的MFのディミトリー・ナザロフを置いたが、4-4-2システムをタイトに機能させるザントハウゼンを崩せず、ナザロフの力強いミドルシュートも相手GKに阻止されてしまった。
「ハーフタイムに『早い時間帯で行くかもしれない』と言われていた」という山田が投入されたのは58分。トップ下のグリッシャ・プレメルと同時投入されて左ウィングに入ると、高いポジションを維持しながら、中盤でボールがつながると見るや中央に流れて周囲に前を向かせる。
その山田を起点として先制点が生まれたのは68分のこと。プレメルが高めの位置からくさびのボールを手前に折り返すと、山田が右のスペースに素早く展開。これをフリーで受けた右サイドバックのサーシャ・トラウトがアーリー気味のグラウンダークロスを送ると、ニアに走り込んだマヌエル・トーレスは届かなかったものの、ファーサイドのFWディミトリオス・ディアマンタコスが左足で押し込んで先制点を奪う。
山田自身は「どうってことないプレーが点につながった」と語るが、シンプルな展開から先制点につながる状況に導いたことは、2列目の選手でありながらゲームメーカーの素地がある山田ならでは。左サイドを根城としながらも、中に起点を作りやすい状況をしっかりと見極めて、タイミング良く中央に流れるプレーを意識していたからこそできたプレーだ。
「(この日の)左サイドは難しそうで、前半から『自分が出てもどうしようかな』という感じだったけど、トップ下にはいいボールが入っていた。一度そこへ入ってから受ける感じじゃないとキツいというイメージは持てていたので、そこで一つタメを作ることでうまく入っていけた」
山田の投入からわずか10分でリードしたカールスルーエは、ある程度守備のバランスを取りながら、カウンターでザントハウゼンの背後を狙う。もともといい守備から効率良く攻撃につなげるスタイルを掲げるカールスルーエにとっては、理想的な展開となった。山田も左サイドの守備をしっかりとこなしながら、機を見て敵陣のスペースへ飛び出す形でチャンスに絡んだ。
ザントハウゼンの粘り強い最終ラインに対し、なかなか追加点を奪えずにいたカールスルーエだったが、84分に左CKから長身CBビャルネ・テルケがニアで競り勝ち、すらしたボールをプレメルがファーで押し込んだ。
これで試合の大勢は決したが、最大の見せ場は後半アディショナルタイムに待っていた。GKを起点としたロングカウンターから生まれたスペクタクルなゴール。その演出者が他ならぬ山田だった。ここで彼の持つ“ビジョン”が最大限発揮される。
GKレネ・フォラートが前線目掛けてパントキックを繰り出すと、やや右方向に飛んだボールを相手ボランチのシュテファン・クロヴィッツが戻りながらヘディングでクリア。右サイドに流れたセカンドボールを拾ったプレメルは、前への仕掛けがクロヴィッツに対応されたことで、内側を並走していたイタリア人MFのエンリコ・ヴァレンティーニにつなぐ。
この時、山田もGKのキックに合わせて自陣から中央を駆け上がっていた。右のスペースにはザントハウゼンの左サイドバックが攻め上がった裏に広大なスペースが空いており、クロヴィッツもプレメルを縦へ突破させないためのポジションを選択。スタジアム中が左センターバックの外側に生じたスペースに目を取られていた。そこへ走り込んでボールを受ければ確実にクロスを上げられるはず――。だが、山田が見ていたのは“もう一つ先の世界”だった。
プレメルが左のヴァレンティーニにボールを託すと、左センターバックのティム・キスターがフォアチェックに出る。山田はその間隙を縫うかのようにダイアゴナル(斜め方向へのランニング)でセンターバックの合間を突き、裏のスペースへと抜け出した。そこに絶妙なタイミングでヴァレンティーニから縦パスが通る。
「サイドの選手が前を向いた時にトップ下とFWが走り、もう一人が(斜め方向に)流れる練習はすごくやっていたんですよね。でも、FW(ディアマンタコス)がすでに中で待っているのが分かったので、自分に(パスが)来るか来ないかは別にして、あそこのスペースに抜けなければ3対2の数的優位ではなくなってしまう。それにヴァレンティーニが出してくれる感じはかなりあったんですよ」
ゴール右へのスルーパスに追い付いた山田が中に折り返すと、ディアマンタコスが「待ってました」と言わんばかりに左足で合わせて3点目を蹴り込んだ。ディアマンタコスはゴールを決めた瞬間に振り向き、両手の人差し指をアシストした山田に向けて感謝のパフォーマンスを披露。時間帯、得点差を割り引いても、ブンデスリーガ1部でもなかなかお目にかかれないスペクタクルな一発でカールスルーエがホームでの“ダービー”を3-0の完勝で飾った。
実は前節、山田にとっては約1年半ぶりのベンチスタートだった。変な緊張がプレーに悪い影響を与えてしまった反省から、この日は前半の流れをしっかり観察し、途中出場後のイメージを高めることができていたという。
「(入った時には)スペースができていたというか、スタートで出た時はタイトで、どちらのチームにもチャンスが生まれないことは2部にありがち。それでチャンスが作れないうちに下げられて、そのままスタメンを外されたのが今回の流れだった。もちろん、そういう中で結果を出さなければいけないという思いもありながらも、いいところでボールを持てれば、こっちの選手が相手でもいろいろなことをやれる感覚はある」
確固とした手応えはある。だが、昨シーズンが昇格目前まで勝ち進んだこともあり、迎えた今シーズン前半は「一年で昇格できなかったので、今シーズンに期するものはあった。でも、なかなか結果に出なかったり、1年目より点が取れなかったり、うまくいかないことが多かった。特に前半戦は自分のサッカー人生の中でも悩んだ時期でした」と精神的にかなり苦しんだ様子だった。しかし、中断期間を挟んで迎えた後半戦は、思ったタイミングでパスが来ないなどドイツの厳しい環境に苦しんだ部分はありながらも前向きにプレーができたという。
フィジカルの強さや守備意識、チャンスがあれば攻め切るスタイルの中で前を向くプレーなど、磐田在籍時よりも成長を実感しているという彼が目指すのは、欧州4大リーグの一つに数えられるブンデスリーガ1部でのプレーだ。
「今、Jリーグにいたら、僕の年齢でブンデスリーガ1部に移籍することは難しい。もちろんここでも年齢的な焦りはありますけど、2部で10ゴールを決めれば32歳でも1部に行けると思う。そういう意味でも常にチャンスがあると感じています」
実際に少し前の試合で対戦した選手が、気が付けば1部の強豪クラブで活躍している――。そうした環境でプレーしている山田は週2〜3回の頻度でドイツ語を習い、現地の生活にもすっかりなじんでいる。ドイツで地に足を着けて上を目指す覚悟だ。
ブンデスリーガ1部を目指す山田がもう一つ気に掛けているもの。それが日本代表入りの可能性だ。アルベルト・ザッケローニ監督時代には国内合宿や2013年のEAFF東アジアカップに招集され、2試合の出場経験を持つ。だが、ドイツに渡ってからは一度も選ばれていない。
日本サッカー協会や代表スタッフから直接コンタクトを受けたことは一度もなく、彼自身はスタジアムへ視察に来たという話を聞いていないという。その現状に不満を漏らせるほどの成績を残せていないことは素直に認める一方で、声を掛けてもらえれば結果を出せる自信は以前よりも大きくなっているのも確かだ。ヴァイッド・ハリルホジッチ監督の目に留まるためには、誰もが注目する結果を残す必要があるのは間違いない。
「もし10点くらい取っていれば、『俺を見てくれ!』と言えますけど、今シーズンは3点しか取ってないですから。自分の勝手な考えですけど、二桁ゴールを決めて取っていれば、一度は呼んでもらえたんじゃないかと思います」
目立つ結果を残すことができれば、2部でも選ばれる可能性があると想定する。だが、やはり1部でのプレーは注目度もレベルも大きく異なる。自分が求めるスタンダードや評価軸も高めることができるはず。1部でプレーすることは自身のキャリアにおいても、日本代表入りのためにも重要な意味を持ってくる。
「確実に向上させてもらっている感覚はあるし、外国人に慣れてきた部分もある。そういう手応えはありますけど、香川(真司/ドルトムント)やキヨ(清武弘嗣/ハノーファー)に勝っているかというと、そうとは言えない状況。ピッチへ入った時に“11分の1”として『それなりにやれる』という手応えが自分の中にあるだけで、選んでもらえるだけの“スペシャリティ”を見せられているかと言えば、答えは『ノー』なので」
山田自身は「ハリルホジッチ監督のスタイルは知らない」としながらも、「ザッケローニも細かいタイプだったし、カールスルーエのサッカーも細かいですよ」と語る。カールスルーエのスタイルを「日本が世界の強豪と対戦した時に、そのまま発揮できるサッカー」と主張する山田は、日本代表に選ばれた際にどれだけ活躍できるか、いかに主力に定着できるかをイメージしている。どんな形でも日本代表に選ばれたいという気持ちは強い。
「候補合宿でも、東アジアカップでもいい。選ばれるに越したことはないと思う。自分は『このままではヨーロッパのトップリーグで活躍している選手たちには勝てない』と思ってドイツに来たので、歯痒さはありながらも間違ったという気持ちはないですね」
まだシーズン終了前であることを考慮して、来シーズン以降の進路について聞くことは控えた。しかし、どういうステップを踏んでいくにせよ、最終的には磐田に帰ってタイトルを獲得することが、彼の“最終目標”だ。ただ単にプロ生活の最後を飾るために帰るつもりはない。横浜F・マリノスで活躍し続ける中村俊輔を一つの理想とする山田は、「(磐田へ戻った際に)ドイツで何をやっていたんだと言われないようにしたいし、戻ってきてほしいと言われるような選手にならなければいけない」とさらなるレベルアップを誓っている。
山田大記という才能がここからどういう絵を描いていくのか。願わくば、この日の3点目を彷彿とさせるようなスペクタクルなキャリアになることを期待しながら、闇夜を照らすスタジアムを後にした。
文=河治良幸
By 河治良幸