トーマス・トゥヘル監督就任1年目の昨シーズンは、ドルトムントにとって忍耐を強いられる年になるかと思われた。しかし蓋を開けてみれば、開幕から無傷の公式戦11連勝を記録し、現地メディアやファンのみならず、ハンス・ヨアヒム・ヴァツケCEO(最高経営責任者)すら予想できないほどの好調ぶり。最終的にはシーズン82得点のクラブレコードまで樹立するなど、マインツで「若き戦術家」と謳われた指揮官の手腕は紛れもなく本物であることが証明された。
■ブンデスリーガ史上最高総額で8名を補強
今シーズンは2年ぶりにチャンピオンズリーグ(CL)の舞台へ臨むことになったため、マーケットでも精力的に動いた。バルセロナからスペイン代表DFマルク・バルトラ、レンヌからU-21フランス代表MFウスマン・デンベレ、ロリアンからユーロ2016を制したポルトガル代表DFラファエル・ゲレーロ、トルコ代表のドリブラーMFエムレ・モル、今年2月に移籍が決まっていたスペイン人MFミケル・メリーノなど今後の成長が大きく見込まれる国外の精鋭を呼び寄せ、かつてフランクフルト中盤のキーマンとして活躍したMFセバスティアン・ローデをバイエルンから、ドイツ代表MFアンドレ・シュールレをヴォルフスブルクから獲得。さらには、禁断の移籍を通じてファンから「裏切者」、「ユダ」、「Mario Götz€」と忌み嫌われたドイツ代表MFマリオ・ゲッツェも、ユース時代から慣れ親しんだ故郷への帰還を果たしている。ちなみに今夏クラブが彼ら8人に費やした総額は、ブンデスリーガ史上最高となる1億975万ユーロ(約125億円)に上っており、ドルトムントの意気込みが並々ならぬものであったことは容易に感じられるだろう。
ただし、デンベレがプレシーズン序盤から練習をスタートし、早くも切れ味のあるドリブルを披露している一方で、3年ぶりの帰郷となったゲッツェは、ドイツ代表での活動があったため合流が遅れてしまい、腰回りを見てもまだいくぶん体重オーバーな様子。ユーロのベストイレブンに選出されたゲレーロも同大会決勝進出の影響により、ドルトムントで練習を始めたのは8月に入ってからであり、新加入選手のコンディションにはバラつきが目立つ。そのため、今回の大型補強が成功か否かを判断するには、もう少し時間がかかりそうだ。
■香川は一歩も二歩もゲッツェの先を行く
さて、今シーズンのフォーメーションは、ドイツ・スーパーカップで見られた4-2-3-1を基本路線とすることが予想されるが、プレシーズンでのトゥヘル監督は、昨シーズン前半戦の基本陣形4-3-3と、同後半戦から導入した3-2-4-1の布陣も使用しており、選手の状況や対戦相手のタイプを考慮して、この3つをうまく使い分けていくことになりそう。チームとしての戦い方についても日本代表MF香川真司は「まぁそこまで(戦い方は)変わらないと思います。ただ選手が変わったことで、新しい戦力を試しながら、いろんなサッカーを試していくっていうのを、トレーニングの中から(トゥヘル監督が)考えている部分はあると思う」と話している。
そこで気になるのは「香川のポジションはどこになるのか」という点。先述の3つのフォーメーションのうち、4-2-3-1であればトップ下、3-2-4-1なら2シャドーの一角、そして4-3-3であればインサイドハーフを務めることが濃厚である。香川自身も今夏の新加入選手については「もちろんスピードだったり、ドリブルの威力は、すさまじいクオリティーがある。そういうところはやっぱり、彼らはズバ抜けている」と実力が高いことを認めており、「もちろん(自分も)、パワーであったり、スピードだったり、ドリブルからシュートだったりを、求めてやっていかないといけないですけど」と前置きをしながらも、「まぁでもトップ下とサイドは求められるものが違うし、サイドのアタッカーが多いので。だからバイタルエリアでボールを受けることだったり、中盤の中で受ける選手っていう意味では、特徴が僕と違うところがあると思うんで、そういうところはメリットを感じている。コンビネーションだったり、仲間を活かすことだったり、そういうところをうまく基盤にしてやっていきたい」と、ポジション争いには一定の手応えを感じている様子だ。香川のタイプやポジションを考えれば、ゲッツェが最大のライバルとなる見込みだが、両者の仕上がり具合を考えれば、現状は香川が一歩も二歩もゲッツェの先を行っている。「しっかりしたものをこの(シーズン)序盤に築いていきたい」という彼のプランは、今のところ順調と見るのが妥当だろう。
■不安は前主将フンメルスの穴
ただし、チーム全体で見てみると懸念材料もある。アルメニア代表MFヘンリク・ムヒタリアン(マンチェスター・U)、ドイツ代表MFイルカイ・ギュンドアン(マンチェスター・U)という昨シーズンのチームを牽引した2選手の移籍は、やはり相当な痛手であるし、同DFマッツ・フンメルスがバイエルンへ旅立ってしまったことも、ドルトムントにとってはとてつもない損害。もちろん、新たに補強したバルトラの能力が低いわけでは決してないが、フンメルスと比べた時に、ややスケールが小さくなってしまった感は否めない。
また、ギリシャ代表DFソクラティス・パパスタソプーロスとバルトラ以外でセンターバック(CB)を務められる人材は、昨シーズンは主に右サイドバックで起用されたドイツ代表DFマティアス・ギンターと、トゥヘル監督がCBにコンバートした元ドイツ代表MFスヴェン・ベンダーしかいない。果たして欧州の強者が集うCLをこの薄いCB選手層で乗り切れるのか、という不安は拭いきれておらず、フンメルスという存在の大きさを改めて認識させられる1年になりそうだ。
そして最後尾に構えるスイス代表GKロマン・ビュルキも、昨シーズンはキックミスから相手に得点を与えてしまうなど、ビルドアップにおける不安定さをたびたび露呈している。強豪ドルトムントに対し、対戦相手がこの弱点を突いてこないとは考えにくく、1年前から抱えている問題点を指導者陣営がどのように解決していくのかも、大きな関心事の1つだ。
とはいえ、圧倒的な強さを誇るバイエルンの対抗馬がドルトムントであることに、異論を挟む者はいない。来季のCL出場権獲得はもちろんのこと、バイエルンにプレッシャーをかけ続けることができれば、王者に生まれるわずかなほころびから奇跡を起こすことも不可能ではない。
文=鈴木智貴
By 鈴木智貴