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【コラム】内田篤人の苦悩と希望…“引退危機”を乗り越え、1年9カ月ぶりに公式戦復帰

2016.12.09

ザルツブルク戦で復帰を果たした内田篤人 [写真]=六川則夫

 12月8日に行われたヨーロッパリーグ(EL)グループステージ最終節。ザルツブルクが1点をリードして迎えた84分、シャルケのマルクス・ヴァインツィアル監督は満を持して、内田篤人をピッチに送り出した。敵地に押し寄せた1万人超の大サポーターからは「ウシダ・オオオー、ウシダ・オオオー」の大合唱。彼らも百戦錬磨の男の復帰を心から待ち望んでいたに違いない。内田は2015年3月以来、約1年9カ月ぶりの公式戦出場を果たし、完全復活へ大きな一歩を踏み出した。

 登場後、いきなりタッチライン際のスローインから入った内田は、[4-4-2]に布陣を変更したシャルケの右サイドバックに入り、攻守のバランスを踏まえながらプレー。相手のカウンター時には、最後尾に陣取って確実に守りを固めた。88分には日本人選手の後輩であるFW南野拓実のシュートを体を張ってブロックするなど、粘り強い守備を前面に押し出す。後半アディショナルタイムに相手の速攻から2失点目を喫し、0-2で敗れたのは残念だったが、内田自身は抜け出したマリ人MFディアディエ・サマセクにしっかりと寄せに行き、あわよくばボール奪取という局面まで持っていった。「最後は“1-1か、0-2か”っていう賭けのプレーだった。仲間を待とうか、削っちゃおうか迷ったけど、しょうがない。あれは無理よ」と、本人もベストを尽くした結果であることを強調していた。そんな一挙手一投足からは、1年9カ月ものブランクなど一切感じられなかった。

 内田の右ひざとの壮絶な戦いは2014年2月のハノーファー戦から始まった。急ピッチのリハビリの末、2014年ブラジルワールドカップには強行出場したものの、その後も本調子には戻らず。2014-15シーズン終了後には日本での手術を決断した。彼自身は当初、2015年末までには戦線復帰を果たすつもりだったが、その時期がズレ続け、一時は引退危機もささやかれたほどだった。

「俺のひざは普通のケガじゃなかった。膝蓋じん帯っていう人間のじん帯の中で強いところが骨化するっていうケースはないから。それを手術する決断をしたけど、なかなか治らなかったことで、決断が間違っていたんじゃないか迷った時期があった。2016年夏にかけて、鹿島(アントラーズ)に行く前くらいから。あの時はホントによく泣いたよ」と内田は精神的にギリギリまで追い込まれたことを改めて明かした。

 それでも、個人トレーナーやドクター、コーチングスタッフなどと日々努力を続け、ピッチに立てる状態まで引き上げてきた。血のにじむような努力をヴァインツィアル監督も認めたから、今回10分足らずの時間でもチャンスを与えた。シャルケはすでにグループステージ突破を決めていて、このザルツブルク戦が消化試合だったことも、指揮官の思い切ったトライを後押しした。内田自身は「リハビリをよく頑張ったというご褒美だったと思う」と謙遜したが、シャルケにとって経験豊富な彼の存在はやはり不可欠。ヴァインツィアル監督の期待も小さくないはずだ。

 ゆえに、内田はここから出場時間を増やしていく必要がある。本人は「次はホーム(フェルティンス・アレーナ)の試合に出るのが目標」と強調。2017年からは本格的な実戦復帰を図っていく考えだ。

「急に『じゃあ明日から100パーセントです』って感じじゃないから、まだ時間がかかるんじゃないかな。正直、1年9カ月(試合を)やっていなかったアスリートは引退がかかっていると思う。そういう中でやっと復帰できたんだから、まずは競技を長く続けていられるだけでもありがたいと思わないといけないよね」

「監督が自分を後半頭から出さなかったのを見ても、まだ俺のことをまだよく分かっていないんだなって感じがした。まずは体を100パーセントにして、もっと出場時間を増やしてもらいながらいろいろ考えていきたいと思う」

 今節では[4-4-2]の右サイドバックでプレーした内田だが、自分の前には若いブラジル人DFジュニオール・カイサラが陣取っており、2人の間には新たな連係が垣間見えた。同選手のみならず、現在は負傷離脱しているスイス代表FWブリール・エンボロなど右サイドをこなせる選手がいる。内田がこの定位置を奪回すれば、シャルケ自体の戦い方も変わるかもしれない。それだけ、この男の復帰は大きな意味を持つのだ。

 そして、ウインターブレイク明けの1月下旬からブンデスリーガに少しずつ参戦し、試合を積み重ねていけば、3月の日本代表復帰も見えてくる。次の代表戦はFIFAワールドカップ ロシア 2018 アジア最終予選のUAE(アラブ首長国連邦)代表戦、そしてタイ代表戦だ。内田は「まだそこは知らない」と言葉を濁したが、凄まじいほどの代表へのこだわりを持っていることは、ブラジル・ワールドカップでの鬼気迫るパフォーマンスを見ても明らかだ。その大舞台に再び立つためにも、来年にはトップフォームを取り戻さなければならない。つまり、そう悠長にしているわけにもいかないのだ。

「サッカー選手の27~28歳なんてメチャメチャいい経験ができるし、体が動くときだからね。一番脂の乗ってる時を捨てたんだから、それを取り返すのは大変。今回やっとスタートラインに立ったんだから、自分を信じてしっかりやっていきたいですね」と自らに言い聞かせるように語った内田篤人。彼がピッチ上で再び光り輝く日が来るのを楽しみに待ちたい。

取材・文=元川悦子

By 元川悦子

94年からサッカーを取材し続けるアグレッシブなサッカーライター。W杯は94年アメリカ大会から毎大会取材しており、普段はJリーグ、日本代表などを精力的に取材。

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