トレーニングを終えた直後にも関わらず、笑顔で取材に応じてくれた [写真]=浦正弘
どうしてブンデスリーガで8年間も出続けられるんですか?
これが、今回のインタビューで最初にぶつけた質問だった。失礼かも、と思いつつ、でも聞かずにはいられなかった。
酒井高徳のキャリアを振り返ってみると、意外にもJリーグの出場数は80試合に満たない。けれど、ドイツではリーグ戦だけでもその倍以上の188試合に出場している。ブンデスリーガにおける日本人選手の出場数は、長谷部誠の271試合、奥寺康彦の234試合に次いで、歴代3位にランクインする。
27歳の酒井はドイツで8シーズン目を迎えた。出場数を伸ばせたのは、単純に在籍年数が長いからなのか。それともキャプテンを任されるほどのリーダーシップを備えているから? もしくはドイツで戦えるだけの球際の強さを持っているから?……要因はいくつも考えられる。
でも、彼の“本当のすごさ”みたいなものを見逃しているんじゃないか。その答えを知りたくて、ストレートにぶつけてみた。
どうしてブンデスリーガで8年間も出続けられるんですか?
「偉そうに聞こえるかもしれないけど、これだけ試合に出ていることを誇りに思っているし、自信を持っています。下位のチームだから出場できるんだろう、みたいなことはこれまでにも結構言われましたよ。でも、ドイツってどのチームでもポジションを取るのは難しい。下位クラブだからといって、レベルが低い選手が集まっているわけではない。僕は、ドイツのサッカーを理解しようと思って、ずっとやってきました」
早口で、こう続ける。
「もう一つ、監督が求めているものを意識して聞いています。試合に出す選手を決めるのは監督です。監督が何を言って、何を求めているか。それを早く吸収して、早く体現することを、一番意識しました。どの監督の下でも試合に出られたのは、それが大きいと思っています」
そうは言っても、と思わず話を遮りそうになる。なぜなら、酒井はこの8年間で8人の監督を経験しているからだ。ドイツの、クセの強そうな(きっと強いに違いない)監督の考えをその都度理解し、ピッチで体現するのは、そんなに簡単なことではないでしょう、と言いたくなった。そんな私の考えを察しているように、酒井が具体例を挙げる。
「例えば、練習中は他の選手に向けられた発言も聞いています。自分に求められていることだけをやるのではなく、チームに何を求めているのかも把握する。それが様々なポジションで使われる要因だと思っています。プロになってからは、人がやっていることを見て、聞いて、盗まなきゃいけないと思っていました。当時から他の選手が言われている注意点も自分のことのように聞いていた。ああそうなんだ、あのポジションではあれをやっちゃダメなんだって。そして自分に向けて言われたことは、すぐに行動で示すようにしていました」
もしかして次男だから? という謎の仮説がふと浮かぶ。二人目は上の兄弟の真似をするから覚えが早く、要領がいい、と聞いたことがある。だから自然と他人を観察して、いいとこ取りをする能力に長けているのでは?
酒井は「どうだろう……」と首を傾げながら、記憶の引き出しを探る。そして、何かを思い出したのか、ふっと笑って話し始めた。
「僕は兄と年子だったので、同時に成長したようなもの。でも、もしかしたらそういうのもあったかもしれない。一緒に遊んでいる時、『もしかしたら、これは怒られるかもしれないから、お兄ちゃんにやらせてみよう』みたいな。『それやったら怒られると思うんだけどなあ』と思いながら遠くから見ていて、『ああ、やっぱりね』って」
いたずらっぽく笑いながら、続ける。
「昔から人のことを観察するのが好きだったんです。何かを見て真似をする、ということを小さい頃からすごくやっていたと母に聞いたことがあります。僕も一緒に遊んでいるんだけど、兄や弟がやっていることを一歩下がって見ていることが多かったですね」
幼少期に自然と培われた観察力が、ドイツでの成長を促した。そして今、新たに気づいたことがある。
「自分の色がないと思う僕にとっては、そこが才能なのかなと。最近、そう思うようになってきました。監督が求めていることを体現できるという特長は、みんなが持っていない才能なのかな。僕は速いわけでも、うまいわけでもない。でも、ドイツのサッカーを理解して、監督が言っていることを理解して、体現できる能力はある。理解して行動することが、他の人よりも優れていると感じます」
「色がない」という表現が印象的だ。「自分がない」とは違う。何色にも染まることができるなら、それは強烈な個性だ、と思う。
◆自分が謝ればそれでいいんだ、と思っていた
観察力と適応力に優れていても、酒井はすぐになじんだわけではない。最初の頃は謝ってばかりだったという。自分に非がなかったとしても謝って済むのであれば、「ああ、分かったよ。ごめん」と言えばいいと思っていた。それもしばらくして、大きな間違いだったと気づく。
「みんな自分が得をしたいから、ミスを僕になすりつけてきたんです。段々となめられて、こいつなら何を言っても大丈夫って思われてしまった。自我を出さないと、自分が生きていく世界でどんどん不利になっていくことを最初の半年ですごく感じました」
適応することと、空気を読むことは違う。自分の立場を確立しない限り、対等に扱ってもらえない。酒井の中に悔しいという気持ちが、ふつふつと湧き上がってきた。
「まずは言葉を覚えました。絶対に言い返せるようになってやろうと思って。そして二つ目はそこで負けないこと。『俺のせいじゃない』と言える自分を持つように意識しました」
海外挑戦した選手の多くは、言葉の壁にぶつかる。けれど、本当に乗り越えるべき壁はその先にあるのかもしれない。この3、4年で言い回しを変えた、と酒井は話す。
「『俺はこうしてもらったほうが良かったけど』と自分の意志を伝えながら、『お前はどうなんだ?』と聞く。それができるようになった頃から、チームメートや監督からの信頼をすごく感じるようになりました。すると今度は、発言する権利を持てるようになった。僕が何かを言う時は、みんなが注目してくれる。今は、自分の中ですごくいいラインを築けていると感じています。
自分はこうだ、という意志を持ちながらも味方を理解する。その大切さが分かるまでには、やっぱり時間がかかりましたね。日本人選手がみんなそうとは限らないけど、僕は自分が謝ればそれでいいんだ、と思ってしまうタイプだった。それを変えられたのは、自分の中での大きな成功というか。ドイツでプレーするための一つのカギだったと思います」
◆ネガティブな面から目を背けたら、学びはない
酒井は平常心を保つことを心がけている。試合中はテンションが高すぎても、低すぎても、良いパフォーマンスを発揮できないという。多くの経験を積んだ今では、“ちょうど良いところ”に持っていくことができるようになった。
「ポジティブとネガティブのどちらの目線にもなれる状態にしておくことが大事。過信もしなければ、自分の実力を否定することもしない。もちろん、日によってどちらかに傾くこともあります。その時は逆の方向をあえて意識するようにしていますね」
ガムシャラで若かった、かつての自分を懐かしむように話す。
「ミスを恐れて動きが硬くなることは多かったし、逆に気合を入れすぎてミスをしてしまうこともあった。練習ではしないミスを試合ですると『なんで?』と考えてしまうんですよね。でも、そう思っている瞬間にやられてしまう。だから起きたことに対してリアクションするのではなく、自分の体に任せて動いてみる。それこそが、若手とベテランの間にある経験の差だと思うんですよね」
ミスをしたら使ってもらえなくなるかもしれない。そう思ってしまうのが普通だろう。ミスをしたくないから考える。しかし、それがかえって判断を遅くし、ミスを増やしてしまうと酒井は言う。ミスを受け入れることが成功への近道なんだ、と。
「だって、(リオネル)メッシも(クリスティアーノ)ロナウドもミスするでしょう? 次に良いプレーをして、取り返せばいいんです。僕はネガティブなことを把握して、理解した上で、ポジティブに考えるようにしています。それが僕の考えるポジティブシンキング。ネガティブな面から目を背けてもポジティブにはなれないし、それだと学びがない。その試行錯誤が今のメンタリティを作ってくれたのかもしれない」
どうしてブンデスリーガで出場機会を重ねることができたのか。8人もの監督に好かれ、起用され続けたのか。彼の言葉を聞いて、その答えが少し分かったような気がする。
ミスをする自分も、クセが強い監督も、失敗をなすりつけてきたチームメートもすべて受け入れてきた。そしてドイツのサッカーを丸ごと理解しようとまっすぐに向き合ってきたから、酒井も受け入れられたんだろう。それはきっと、サッカーの世界だけではなく、他のあらゆる世界に通じるものだと思う。
最後にこれからの野望を聞いてみた。
「サッカー人生の中で、何かを成し遂げたというのがないんです。自分が胸を張って、これをやったというものが今までなかった。だから、ハンブルガーSVを2部で優勝させて、1部に上げたい。それが最大のモチベーションであり、自分にできる現時点での最高の目標設定だと思います。それが今の野望で、すべてを尽くそうと思っています。もう、昇格という言葉じゃ足りないので。本当に優勝して、1部に上がりたい。これから難しい時もあるかもしれませんけど、勝ち点を重ねて、なんとしてでも優勝したいですね」
今シーズンも酒井は大黒柱としてハンブルガーSVを引っ張っている。あまりにパフォーマンスがいいので、ハネス・ヴォルフ監督に「本当に日本代表には呼ばれないよな?」と何度も確認されたという。チームは昨年11月から首位をキープしていて、勝ち点差1でケルン、勝ち点差3でザンクトパウリが追う展開だ。彼の言う「難しい時」をいかに踏ん張れるかが、優勝へのカギとなる。
「今は本当にサッカーが楽しい」。そう言って無邪気に笑う。ここ数年は負けないためのサッカーをしてきた彼にとって、首位争いは面白くて仕方がないはずだ。酒井高徳がこの先どんな色を見せてくれるのか、さらに楽しみになった。
インタビュー・文=高尾太恵子
写真=浦正弘、ゲッティ イメージズ
酒井高徳のトレーニングをのぞき見!
日本に一時帰国した昨年末、酒井高徳は都内のスポーツジムに来ていた。
指導するのは、『LP BASE』のトータルプロデューサーを務める大塚慶輔さん。二人は酒井がアルビレックス新潟のユース時代に出会い、2012年からは「高速化」のトレーニングに取り組み始めた。
「高速化」のトレーニングとは何か。「一つひとつの動きを素早くすることです。例えば、スプリントの一歩目を速く動かす、ということも当てはまってきます」と大塚さんは言う。
「毎年トレーニングは継続しています。その時々で話を聞いて、足りないものを教える。今はブンデスリーガ1部に戻った時に、武器になるものを作っておくことを意識しています」
酒井は体の状態を丁寧に伝えながらトレーニングを進めていく。大塚さんは、彼のように“自己フィードバック”ができることはアスリートにとって大事だと話す。
「感覚でやっている選手は、何で成功したのか、失敗したのかが分からない。もちろん、感覚は大事ですけど、いつか限界が出てくる」
実は酒井をFWからDFへとコンバートしたのは、当時ユースで指導していた片渕浩一郎監督と、フィジカルコーチを務めていた大塚さんだ。「彼がプロに上がった時、ちょっとだらしなかったので、誰もいないロッカールームで説教したこともありました」と懐かしそうに語る。
「高校1年生の頃から『プロ選手はこうあるべきだ』というものに向かって、継続してやってきました。今がまさに完成形ですよね。自分の言葉で表現する力もあるし、自制心もある。もうちょっと欲があってもいいかな。たまには本能で動いてもいいと思いますけどね」
そう言って、ガハハと大きな声で笑う。酒井の成長を心から喜んでいるのが、十分すぎるほど伝わってきた。
そんな大塚さんの指導を『LP BASE』では体験することができる。アスリート向けなんじゃないか、と不安になる必要はない。
「20代〜60代の方が利用されています。寝る時間を考えたり、食事の内容をチェックしたり。運動だけではなく、ライフスタイルのサポートを行なっています」
■施設情報
『LP BASE』
場所:東京都港区虎ノ門二丁目5番4号 末広ビル7階
公式HP:http://www.lifeperformance.co.jp/index.html
By 高尾太恵子
サッカーキング編集部