コロンビア戦で先制ゴールを記録したチアゴ・シウヴァ [写真]=Getty Images
狂喜の叫びが、夕暮れのフォルタレーザに轟いた。
ビールが宙を舞い、風船の破裂音が鳴り響き、6万人の絶叫に包まれたピッチでは、チアゴ・シウヴァが走り出している。雄叫びをあげながら自身の胸を何度も指さすその姿は、己の存在を誇示するかのようだ。
仲間達は先制ゴールを祝うべく、コーナーフラッグの前で追い付き、ようやく歓喜の輪が作られた。地響きのような観客の絶叫が続く中で、祝福を受け終わったキャプテンは、両ひざを突いて両手を天に掲げ、神に祈りを捧げている。
チアゴ・シウヴァは、よく泣く。今大会では開幕戦の国歌斉唱で泣き、決勝トーナメント1回戦のチリ戦ではPK戦の前に泣き、勝ってまた泣いた。
あまりに感情をあらわにしている姿は、王国のキャプテンとして似つかわしくないのか、準々決勝を控えて批判にさらされてしまう。何度となく頬を濡らす姿からメンタル面を不安視され、チリとのPK戦で最後のキッカーになることを懇願したことで、ルイス・フェリペ・スコラーリ監督の失望を買ったとも伝えられた。
チアゴ・シウヴァ自身は涙の理由を「当然プレッシャーも感じていた。しかし、強い意志を持って戦う時は、感情が昂ぶるものなんだ」と明かしたが、嘘か真か、指揮官がブラジル人記者に「キャプテンの資格はない」と口にしたという報道までも飛び出した。
思わぬ逆風が吹き荒れる中で迎えた準々決勝のコロンビア戦。燃え尽き症候群や抜け殻状態を危惧されたが、チアゴ・シウヴァは「落ち着いた状態にあるよ」という言葉通り、かえってメンタル面の強さを見せつけるかのように初戦から変わらぬハイパフォーマンスを維持した。
ネイマールのCKを左ひざで押し込んだ開始早々7分の先制弾にはじまり、守備ではロングボールを放り込まれれば跳ね返し、シュートを打たれれば身を投げ出してブロックする。サイドバックのカバーや読みを生かしたボール奪取など、「世界最強のDF」と称される実力通りのプレーで、チームを3大会ぶりのベスト4に導いた。
試合を通じて声を張り上げ、チームを鼓舞してコーチングし、勝利が決まれば仲間との抱擁を繰り返す姿は、まさにキャプテンを絵に描いたようである。
ただ、チームを束ねる存在としては、指揮官が漏らしたとされる言葉通り、もしかしたらまだ不完全なのかもしれない。
64分に相手GKのパントキックを邪魔したとされ、グループステージ第2戦のメキシコ戦に続いて、通算2枚目のイエローカードを受けてしまう。不運だったにせよ、準決勝のドイツ戦は、よもやの出場停止となった。あろうことか、エースのネイマールが負傷で残り試合を欠場することも重なった。
キャプテンが決勝進出をかけた大一番を欠場することは、言うまでもなく大打撃だ。
それでも、どこか今大会のブラジルを象徴しているような出来事でもある。
何かと緩いサイドバックのカバーに追われ、ネイマール依存とまで言われる攻撃陣が不発に終われば、チリ戦ではアシスト、コロンビア戦ではゴールを記録した。脇の甘さが目につくチームで、どこかが足りなくなればチアゴ・シウヴァが埋めてきた。次は、チーム全体にキャプテン不在を補う番が回ってきたようだ。
完全無欠なプレーとは裏腹に、人間味溢れるチアゴ・シウヴァは仲間を支え、そして支えられている。ベスト4進出を告げるホイッスルが鳴った瞬間は、倒れ込んだマイコンと抱き合いながら、勝利を喜んだ。
感情の昂ぶりはもう抑えられない。
仲間に託すしかない準決勝、そしてその先に残るもう1試合。泣き虫のキャプテンは、再び頬を濡らすことだろう。
文=小谷紘友