スペインが目指すべき方向とは… [写真]=Getty Images
サイドからサイドへ。ボールは右から左へ。そしてまた左から右へ。横には円滑にパスが回るも、縦につながらない。ペナルティエリアはおろか、バイタルエリアにさえ、なかなか届かない。見るべきプレーは一人で局面を打開しようと積極的に仕掛けていたイスコがボールに触れた時であって、それ以外のアクションに得点の兆しは見えなかった。ピッチを何度も横切るパスを回しを見ていて、思い出したのは2010 FIFAワールドカップ 南アフリカで当時アルゼンチン代表を率いていたディエゴ・マラドーナ氏のコメントだ。
「サイドラインにゴールがあれば、スペインは10-1で勝っている」
2008年の欧州選手権ではボール保持率が高いフットボールで勝利を収め、優勝候補の呼び声が高かったスペイン代表だが、初戦はスイス代表に敗戦。アルゼンチン人指揮官はボールポゼッションが高いものの、なかなか効果的な攻撃ができず、得点を決められないスペインをそう皮肉を交えて評した。2010年のチームは後に史上初めて世界王者のタイトルを勝ち取り、2年後の欧州選手権もスタイルを崩すことなくメジャー大会3連覇を達成した。南アフリカ大会から8年、ポーランドとウクライナで開催された欧州選手権から6年、ロシアでホスト国を相手にスペインが示したパフォーマンスは、まさにマラドーナが評したフットボールそのものだった。彼が言うようにサイドラインにゴールがあれば、15点は決まっていただろう。
ただ、パスを回すだけ。得点を奪うための方法がボールポゼッションを高めることだったが、この日のスペインは手段について間違った解釈をし、パスを回すことが目的にしたようなパフォーマンスだった。
数字は、雄弁に語る。スペイン紙『アス』によれば、ロシア戦でスペインは1174本のパスを試み、実に1073本を成功させた。成功率は91%でボール保持率は79%だった。1174本のパスの内、前方へのパスが278本、横パスが702本、そしてバックパスが194本。これだけのパスを通してオウンゴールの1得点のみ。敵陣でのパス成功率は89%だったが、相手ゴールエリア内へのパスはわずかに48本しかなかった。かくしてスペインは344本中、255本のパスを成功させたFIFAランキング70位のロシアにPK戦の末に敗れた。
大会2日前に代表を率いることとなったフェルナンド・イエロ監督は試合後にこう語った。
「フットボールとはこういうものだ。ポゼッションが高くても、ゴールエリアに辿り着く回数が多くても、シュートが多くても負けることはある。だが、私たちは効果的なプレー欠いていた。その後のPKは宝くじのようなもので今回は私たちが敗れた」
ロシアに敗れると、地元メディアは母国敗退の戦犯を決める弁論大会を始めた。大会2日前にレアル・マドリードと契約したことが発表され、チームを離れることになったフレン・ロペテギ監督。もしくは同監督を解任させ、フェルナンド・イエロを監督に据えたルビアレス会長。はたまたロペテギ監督と契約を結び公表をしたレアル・マドリードのフロレンティーノ・ペレス会長。メインキャストはやはり史上稀に見る本大会2日前の監督交代劇の起因となった3人だ。マドリード寄りの紙面は連盟会長の名前を取り上げ、バルセロナ寄りのメディアは白いクラブの会長を紙面に載せる。中でも強烈だったのは、バレンシアに本拠地を置くスポーツ紙『スーペル・デポルテ』で敗退翌日の一面には顔を手で抑え、目をつぶっているペレス会長の顔を大きく掲載し「満足か?」という見出しをつけた。
そんな答えのない弁論大会と同じくメディアで語られていたのが「スペイン代表のスタイル」についてだった。メジャー大会3連覇、そしてクラブレベルにおけるジョゼップ・グアルディオラ監督が率いたバルセロナの黄金期もあり、スペインは揺るぎないスタイルを手にしたはずだったが、2014年と2018年のワールドカップ、2016年欧州選手権と3つのメジャー大会で立て続けに敗れたことで、そのスタイル自体にクエスチョンマークが浮かび始めたのだ。
イエロ監督はロシア戦後にスタイルについて問われるとこう返答した。
「ロングボールをゴール前に送ったり、もしくはセカンドプレーを待つことがより簡単なのかもしれない。だが、それは違う。スペインがやるべきことではない。私たちは私のフットボールで勝ち、そして負けてきた。そしてロシア戦も5、6回のゴールを決めるチャンスはあった」
敗退から5日後、地元紙『アス』はスペインの変化をこう分析した。決勝トーナメント1回戦に出場した16チームのデータを並べ、グループリーグ3試合を含めてパス本数が最も多かったチームを紹介した。スペインが3087本(成功率91,2%)で最も多く、2位ブラジルの1985本(成功率88,5%)に大きく差をつけていた。また最もパスを成功させた選手もスペインが上位を占めた。セルヒオ・ラモスが408本、イスコが406本、ジョルディ・アルバが353本、ジェラール・ピケが356本で、次にアルゼンチン代表のハビエル・マスチェラーノが314本だった。かつてはシャビ・エルナンデスとアンドレス・イニエスタが最もパス本数が多かったのに、現在はセルヒオ・ラモスら守備的な選手が名を連ねており、後方で回していることが浮き彫りになっている。同じボールポゼッションを高めるというスタイルでもチームの心臓が後方に位置していたことは、数字から明らかになった。
ラジオ番組『エル・ラルゲーロ』では、元代表選手たちがチームのスタイルに関して議論していた。元スペイン代表GKサンティアゴ・カニサレス氏の主張する趣旨はこうだ。
「チームスタイルの90%は選手によって決まる。その選手を生かした最も効果的なプレーは何か。シャビ、イニエスタ、シルバがいればボールポゼッションを高めるスタイルだったが、ビセンテ・デル・ボスケ前監督はレアルを指揮していた時、そういうプレーをしていなかった。だから、スタイルは選手によって決まるべきで、そこに論点はない」
元スペイン代表MFフレン・ゲレーロはこう意見していた。
「選ばれた選手によって違うスタイルでいいのではないか。ただスペインの下部組織、年代別代表ではここ5、6年は今の代表のスタイル、戦い方を徹底してきた。よって劇的に変えるのは難しいが、今のワールドカップでベルギー代表が示しているように、ボールを保持してのフットボールもできるけど、時間によっては3バックから4バックに変えるなど他の戦略も必要だ。例えばロシア戦で途中出場したイアゴ・アスパスやロドリゴは前線にもっとスペースが必要な選手だ。そういう選手たちを生かせる戦略を手にすることが必要なのではないか」
元スペイン代表DFラファエル・アルコルタはこう話していた。
「バルセロナはグアルディオから監督が交代しても基本的なスタイルは変えていない。だからスペインも土台となる戦い方は変えず、それをベースにもっと選手のキャラクターを生かす戦略にしていけばいいのではないか」
大きな勝利を続けて収めたことで、スペインは確固たるスタイルを手にした。しかし、負け続けることで、その信条に疑念が生じ始めている。メジャー大会に3度も惨敗すると、周囲から見れば羨ましいと思えるその確固たるポリシーを疑ってしまう。ワールドカップ2日前の監督交代劇やFIFAランキング70位相手の敗戦よりも、僕は今回のワールドカップでスタイルが論争のテーマになったことに一番驚いた。大きなタイトルを勝ち取ったという実績があっても、負ければこうなるのだ。スタイルを根付かせるというのは容易なことではない。
文=座間健司
By 座間健司