決勝で対決するデシャン監督とスカローニ監督 [写真]=Getty Images
ワールドカップも残すは決勝戦の1試合だけ。リオネル・メッシが悲願のワールドカップ初制覇を果たすのか? それともフランスが連覇を成し遂げるのか? それでは世界一のチームが決定する「アルゼンチンvsフランス」のワールドカップ決勝に臨む指揮官のサブストーリーを見てみよう。
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■ワールドカップ連覇
今回で22回目となるワールドカップだが、頂点に立ったことがあるのは8カ国だけ。今大会も歴代優勝国であるアルゼンチンとフランスの決勝戦になったため、優勝国が増えることはない。アルゼンチンはディエゴ・マラドーナが世界一に輝いた1986年以来、36年ぶり3度目の優勝を目指す。対するフランスも3度目の優勝がかかっている。
1998年の母国大会で初優勝したフランスは、前回2018年大会も制しているため連覇がかかっている。これまでワールドカップで連覇を達成しているのは2か国だけ。1934、1938年に世界一となったイタリアと、1958、1962年に頂点に輝いたブラジルだ。フランスがトロフィーを掲げれば、実に60年ぶりの連覇という快挙になる。
■メッシの戴冠を望む声…
フランスの連覇も見たいが、やはりリオネル・メッシ(35歳)の優勝を望む声が強いようだ。バルセロナ時代にありとあらゆるタイトルを手中に収めたメッシだが、代表チームではどうしてもタイトルに手が届かなかった。2014年のワールドカップでは大会最優秀選手に輝くも、決勝でドイツに延長戦の末に敗れて悲願達成ならず。メッシは代表チームで優勝できない…そんな言葉が囁かれていた。
その状況を変えてくれたのが同じファーストネームを持つ、リオネル・スカローニ監督だった。ホルヘ・サンパオリ前監督のアシスタントとして2018年大会に参加したスカローニは、ラウンド16でディディエ・デシャン率いるフランスに乱打戦の末に3-4で敗れると改革に着手。大会後、指揮権を任されたスカローニはメッシやアンヘル・ディ・マリアといった一部の例外を除き、世代交代に乗り出したのだ。
だが、U-20代表チームでの数カ月間しか監督経験のなかったスカローニに対しては、否定的な意見もあった。アルゼンチンのスポーツ紙『オレ』も、今でこそ全面的にスカローニの続投をサポートしているが、就任当初は疑っていたことを認めている。スカローニ本人でさえ、監督経験の乏しさには不安があったそうだ。そんな彼の心の支えとなったのが、敵将からの助言だった。2019年11月、ウルグアイと親善試合を行った際に、スカローニ監督は当時ウルグアイ代表を率いていた監督歴40年の名将オスカル・タバレスに相談したという。その時についてスカローニは、こう振り返っている。「タバレス監督はこう言ってくれた。『もし、周りの人から経験がないと言われたら、こう答えるんだ。僕には25年の選手キャリアがある』と。良い言葉を貰った。もちろん選手キャリアは監督とは違うが、確かに決断力などを育むことはできたからね」
その言葉に勇気を貰ったスカローニは、さらに世代交代を推し進める。積極的に若手を代表チームに呼び、就任3年目に結果を残すのだ。2021年のコパ・アメリカを制し、28年ぶりに国際タイトルをアルゼンチンにもたらしたのである。これが今のアルゼンチン代表、そしてメッシにとって転機となった。
メッシは自身5度目となる今回のワールドカップの初戦の前に、こんなことを話していた。「これまでのワールドカップと比べて、チーム状態が良いかどうかは分からないが、昨年のコパ・アメリカを優勝したことで、かなり重圧が軽減された。今までと違い、不安を持たずに大会に臨める。楽しもうという気持ちで試合を迎えられるんだ」
その言葉通り、アルゼンチン代表は苦しい戦いを強いられても、メッシを中心にワールドカップを満喫しながら決勝まで勝ち上がってきた。そして36年ぶりの世界一の称号――メッシにとっては悲願の初優勝――に王手をかけたのだ。
■世論はアルゼンチンを望んでいるが…
だからメッシの優勝を望む者は多い。それはフランス代表を率いるディディエ・デシャン監督も理解しており、決勝戦を翌日に控えた前日会見で「フランス人の中にもメッシの優勝を望む人がいるかもしれない」と認めた。「フランスの優勝を望むのは私だけではないが、例え孤独であっても気にならない。常に不安は付きまとうものだが、我々はできる限り最善の準備をしてきた」
「孤独でも気にならない」というデシャンの言葉は決して強がりではない。彼には実績があるのだ。世界を、そして一部のフランス国民を敵に回しながら世界一に輝いた実績が。24年前、1998年大会で初優勝を果たしたフランスは国中が歓喜した。大会後のシャンゼリゼ通りでの優勝パレードは、多くの国民を巻き込むお祭り騒ぎとなった。さぞや大会前から国が一丸となってチームをサポートしたのだろうと思いきや、そんなことはなかった。実は、チームを率いていたエメ・ジャケ監督は酷い批判を受けていたのだ。
1996年から2年間、エメ・ジャケ監督は仏スポーツ界で最も権威と影響力の『レキップ』紙から批判を浴び続けていた。同紙は監督の一挙手一投足を否定するだけでなく、彼を「田舎者」呼ばわりするなど、誹謗中傷に近い報道をしていたという。そんな状況の中でフランス代表は本大会を迎え、一度も負けることなく頂点に上り詰めたのだ。
当時の代表メンバーであるロベール・ピレスは、過去にこう振り返っている。「大会前からレキップ紙がエメ・ジャケ監督に対して否定的なのは知っていた。監督の全ての言動を批判していた。あまりにも批判が凄くて、まるで僕らは世界中を敵に回しているようだった」
チームメイトのビセンテ・リザラズは、そんな状況下での指揮官の対応に感銘を受けたという。「監督は批判を浴びても常に選手を守ってくれた。そして、批判的な報道について僕らには何も言わなかった。普通の監督なら『誰も我々に期待していない。だからやってやろう!』とか批判的な報道を逆手にとって、選手を鼓舞するのだろうね。でも彼はそうしなかった。彼は本当に気高い人だった」
そんなフランス代表で選手と監督のパイプ役として、そしてキャプテンとしてチームを牽引した人物こそ、今は監督として連覇を目指しているデシャンなのだ。24年前、エメ・ジャケ監督は大会を半年後に控えた時期に選手やその家族をスキーのリゾート地に招待したという。そこでデシャンやDFローラン・ブランといったチームのリーダーが中心となり、みんなで和気あいあいと語り合って決して揺らがない結束力を築いたという。
痛烈な批判を浴びながらも決して愚痴をこぼさない気高い指揮官。そんな監督の元で中間管理職としてチームをまとめるキャプテン。まるで、カタールの地で歴史的な番狂わせを起こした“どこかの代表チーム”とそっくりだが、それが初めて世界の頂点に上り詰めた時のフランス代表の姿なのだ。だからデシャンは、世界中がアルゼンチンを応援しても、1938年にイタリアを連覇に導いた名将ヴィットリオ・ポッツォ以来、監督として史上2人目のワールドカップ連覇という大偉業を目の前にしても、決して動じることはない。「最も重要なのは落ち着いて準備をすること」。至って冷静に決戦の時を迎えるのだ。
世界を味方にするメッシとスカローニ。例え国民を敵に回しても頂点を目指すデシャン。果たして勝利の女神はどちらに微笑むのか。世界一の座をかけた決勝戦に注目だ。
(記事/Footmedia)
By Footmedia