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【南米対談】セルジオ越後×都並敏史…南米事情通からみたマラドーナ像に迫る

2016.06.20

 サッカー史に残る名選手ディエゴ・マラドーナ。生きる伝説として、現代のサッカー界にも多大なる影響を及ぼしている。

 そのマラドーナが伝説の存在となった大会が1986年に開催されたメキシコでのワールドカップだ。カルロス・ビラルドに率いられたアルゼンチン代表のエースとして参加したマラドーナは準々決勝のイングランド戦で、サッカー史に残るプレーを見せた。

 クロスに飛び出した相手GKに先んじてボールを触りゴールを決めた“神の手”ゴールと、センターライン付近からイングランド守備陣を手玉に取るドリブルでの“5人抜き”からのゴール。この2点で勝利したアルゼンチンは決勝でも西ドイツを下して、同国2度目となるW杯トロフィーを掲げた。

 マラドーナが伝説の選手となったメキシコW杯からちょうど30年。『サッカーキング』ではその偉業を振り返るべく、サッカー界の様々な人物に話を聞き、偉大さを再認識するべく、『マラドーナ特集』を実施する。

 第6回のインタビューはセルジオ越後氏と都並敏史氏による“南米対談”。ブラジル人から見た意外?なマラドーナ像や、アルゼンチン人のマラドーナへの思いなどを聞いた。

インタビュー=小松春生
写真=鷹羽康博

個人技で戦える時代の終わりに現れた選手

最初にマラドーナの存在を知られたのはいつですか?

セルジオ越後 日本でやった1979年のワールドユース選手権だね。名前はその前から知っていたけど、生で見たのは日本が最初だよ。

都並敏史 僕はワールドユースの前に、1978年のアルゼンチン・ワールドカップに出場するアルゼンチン代表にマラドーナが招集されて、起用されたヨーロッパへの遠征を『三菱ダイヤモンド・サッカー』で見たことが最初です。本大会ではマラドーナは招集されませんでしたが。

最初にプレーを見た時の印象はいかがでしたか?

都並敏史 その時代にあまりいない、縦にガンガン抜けるタイプの選手だな、という感じでした。僕はペレのプレー映像を見て育ったので、前にどんどん抜けてくる選手は新鮮に感じました。

セルジオ越後 ワールドユースで見た時、特にソ連と決勝戦で、小さい体で好き放題やれるというイメージはすごく強かったね。ワールドユースの1つの目玉だったと思うよ。

都並敏史 ニュースでワールドユースの試合をかなり取り上げてもいたんです。その中でも長い時間、マラドーナを追いかけていました。ドリブルのリズムが今まで見たことのないような選手だったので興奮しましたね。

セルジオ越後 マラドーナみたいなプレーができる時代だったよね。今のようにシステマチックではないし、フィジカルも強くなく、強いプレッシングがかかるわけでもない。個人技で戦える時代の終わりに現れた選手だね。現在はそういうプレーができなくなってきているのは確かだよ。今のサッカーをマラドーナがやったら、早々に大きなけがをして大成しなかったかもしれない。身長は低いけど、ドリブルのストライドは大きい。だから(リオネル)メッシとタイプは全然違う。メッシはファールしにくいけど、マラドーナは削りやすいタイプだから、フィジカル的な部分を求められる今の時代に生まれていたら、大変だったと思うよ。

マラドーナと対峙したときは「“触れない”という感じ」

1982年1月に行われたゼロックス・スーパーサッカーで都並さんは日本代表、マラドーナはボカ・ジュニアーズの一員として対戦されました。相対した時、どういったことを感じましたか?

都並敏史 “触れない”という感じでしたね。間合いが全く違うスタイルのドリブルをするので。メキシコW杯・イングランド戦の“5人抜き”のシーンで、3人目が抜かれた時に何もできずに逆を突かれている選手がいるんですが、あの感じでみんな抜かれるんです。他の名選手を含めてもマラドーナはちょっと違いましたね。削りに行くにも、そういうタイミングになれない印象を持っていました。

セルジオ越後 マラドーナは1人でドリブルで抜いていくイメージがみんな強いけど、そうじゃない。結構、周りを生かす選手なんだよね。

都並敏史 そうなんです。人を使うのがうまいですよね。早めに使う。

セルジオ越後 ちょっとペースダウンして試合から消えるタイプの選手だね。その中で強烈なドリブルやすごい個人技を見せるから、すごく印象的だけど90分の中ではそこまではない。マラドーナと同じようなプレーはいろいろな選手がやっているけど、カリスマ的なイメージがないよね。

1986年のメキシコW杯はアルゼンチンが優勝しました。“マラドーナの大会”とも言われますが、大会時の印象はいかがですか?

都並敏史 僕はアジア予選に出場していましたが、韓国に負けて、その強さを目の当たりにしました。その韓国が本大会初戦でアルゼンチンと対戦するわけです。すごく楽しみにして試合を見ました。すると、マラドーナに韓国の選手がマンツーマンでついたんですが、思い切り汚いタックルをした時に跳ね飛ばされたんです。それが驚きでした。「あの選手が飛ばされて何もできないんだ」と。僕が知っている仲の良い韓国の選手たちは、軒並み息が上がってしまい、「サッカーの質がアジアと違う」と感じました。僕たちが太刀打ちできなかったスタミナ自慢の韓国の選手が試合後、腰に手を当てているシーンを見た時は衝撃的でしたね。タックルをまともに受けたのに倒れないし、痛がりもしない。なおかつ今度は人を使いながら軽くあしらっていく。素直にすごいと思いました。

メッシとの比較論は意見が割れる

セルジオ越後 当時はこういう選手が環境的に育ったんだよね。スラム街でのストリートサッカーで好き放題に試合をやって、学校へ行かないで遊んでいた子どもたちが優秀な選手に育っていった時代から、今はだんだんと変わってきた。素晴らしいプレーを見せる選手は、貧しい地域に暮らし、自由自在に表現してサッカーをやっていたんだ。でも、マラドーナはプレーが素晴らしいけど、人間的に問題を起こしているから、決して良いお手本ではないというところは言えるね。

 あとメキシコW杯ではキャプテンとして優勝したことがアルゼンチンという国に対して大きい。例えばジーコはブラジルの一員でW杯を優勝できてはいないから悔いが残る。いくら「うまい」と言っても、W杯で優勝したことがないと言ったら、やっぱりエクスキューズがつく。フランスにおけるジネディーヌ・ジダンもそう。そういう結果もついてきていることが、ベストクラスに残るということじゃないかな。数字的な話をすれば、メッシはもうマラドーナを超えていると思うよ。

メッシとの比較について、都並さんはいかがお考えですか?

都並敏史 メッシとマラドーナは少し似ていると思っています。自分で体感したマラドーナのステップ。あの入り込めないような感覚は、自分の分析では半歩ずつ一歩を刻んでいるためだと考えています。それで守備側がベタ足になってしまうのは、メッシのリズムでもあります。

セルジオ越後 僕は違うかな。背が小さい選手は、みんなステップが小さく見える。日本にもいるし、どの国でも背が小さい人は「トントントン」と走っているから、どうしても似てくる。ミニカーがトラックで溢れる街の中でキュッキュッキュッとすり抜ける感じだね。

南米のアタッカーはそういうタイプの選手が多いです。

セルジオ越後 憧れじゃないかな。マラドーナも誰かアイドルがいたと思う。ペレもメッシもそう。みんなそこを目指しているんじゃないかな。

マラドーナは「ペレの次にうまい選手」

都並敏史 あとは繊細なタッチですね。マラドーナの生家を訪れたことがありますが、横にグラウンドがあって、本当にデコボコで。そこでずっとプレーするとそういう選手が生まれてくるんだなと。デコボコのグラウンドでやったほうがいいという声が今ありますね。

セルジオ越後 グラウンドもそうかもしれないけど、“教える社会”だと、そういう選手は生まれない。教えられる選手というのは、魚で例えれば天然じゃなく養殖。ブラジルを含めて世界中が、レッスンでカラーコーンを立ててやるような時代になってきた。これはブラジルのサッカーも蝕んでいるし、世界的に言えることじゃないかな。フィジカルがすごい選手はいるけど、マジックを見せてくれる選手は生まれなくなる。今の“教えられる社会”では、すぐにピッと笛を吹いて「この場面ではこういったプレーをしなさい」となるから、どうしてもマジックのようなプレーができなくなってくる。現代サッカーと昔のサッカーは全然違うよ。

モラル面でも“神の手”ゴールが現在生まれていたものであれば、当時よりもかなり非難の的になっていたかもしれません。

都並敏史 南米の選手は、ああいうプレーをしますよね。それが良い悪いは別にして、いろいろな厳つさがあって、いろいろなことをやります。

セルジオ越後 あれはマラドーナの技術ではなく、レフェリーの問題。これまでの歴史でも多々ある。誤審はレフェリーの誤審であって、マラドーナがどうのこうのというのは違うよね。

都並敏史 国によって価値観が違うだろうし、人によっても違います。それを取り仕切るのがレフェリーというもので、今は5人体制になり、絶対に見逃さないようにやればいい。そういう中でもいろいろやってくるのが南米人ですけどね。

ブラジルの方から見て、マラドーナはどういう存在ですか?

セルジオ越後 ペレの次にうまい選手。

都並敏史 絶対そうなんですよ(笑)。

セルジオ越後 ペレを生で見た人は、マラドーナと比べものにならないと感じるんだよ。彼のプレーは嘘じゃないかと思うくらい。マラドーナやクライフなど、偉大な選手は世界にたくさんいるけれど、ペレのような選手は出てこない。

日本に置き換えると、長嶋茂雄さんと王貞治さんが一緒になったような存在

都並敏史 アルゼンチン国内でもペレのことはリスペクトしていて、悪く言わないんですよ。
面白いエピソードがあって、アルゼンチン国内でOB同士のフットサルイベントをしたとき、ジーコをはじめとしたブラジルのすごい選手が招待されていたんです。アルゼンチンもマラドーナやホルヘ・ブルチャガといった選手たちがいて。最初にブラジルの選手たちがアナウンスで紹介されるんですが、司会者はジーコが入場するときに「アルゼンチンに来てくれました! 本物の10番ジーコ!」と盛り上げるんですけど、最後にマラドーナが入場するとき、「世界にたった1人、正真正銘の10番! マラドーナ!」とジーコの前でやるんです。これは本当にすごいなと。でもペレはリスペクトしている。

マラドーナのような選手が生まれにくい時代になったという話がありましたが、日本人でマラドーナのようなサッカー史に名を遺す存在は出てくるでしょうか?

セルジオ越後 釜本(邦茂)さんとかカズ(三浦知良)とか、オリンピックで実績を残したりJリーグの環境を作ったり、そういう意味で歴史に名を残している選手はいるよね。海外に進出して結果を出した奥寺(康彦)とか、そういった選手の存在を忘れている。小野(伸二)がUEFA CUP(現ヨーロッパリーグ)で優勝もした。日本は今の選手しか注目しない。そういった時代、時代でトップレベルの選手がたくさん今までもいたということを忘れてはいけないよね。

都並敏史 サッカーをしている人たちだけではなく、国民全体が大きな成果によって幸せになれれば、次のステージに行くのかなと。だからマラドーナは日本に置き換えると、長嶋茂雄さんと王貞治さんが一緒になったような存在の感覚ですね。そのくらいの神様扱いです。僕は常にマラドーナと対戦した時の写真をアルゼンチンに持っていくんですけど、「マラドーナとやったやつと飲めるなんて」と言って泣くんですよ。マラドーナと相対したということはものすごいことで、メッシは比較にならないくらいです。やはりW杯のタイトルを取っているし、“神様”なんですよね。フォークランド紛争もあって、失意のどん底にあったアルゼンチン国民を幸せにした。それでこそスーパースターだと感じますよね。技量的にはメッシのほうが上かもしれませんが、そういうことではない。

マラドーナとは「異次元空間から来た選手」「野生」

セルジオ越後 メッシはアルゼンチンの選手とは言えない。スペインの選手だよ。小さいときにスペインに渡って、アルゼンチンのプロリーグでプレーしたことがないんだから。育った家庭や環境が全然違う。アルゼンチンのスラム街に行ったら、マラドーナと同じ環境の選手はたくさんいるけども、環境的になかなかプロまで行けないのが事実。居住エリアにはパトカーが道路の真ん中に止まっていて、「ここから向こうは危ないから行ってはいけない」と言われる。そういった危険で厳しい、マラドーナと同じような境遇で育った人がたくさんいることが、アルゼンチンの人に愛されている理由でもあるよね。

マラドーナという選手を一言で表すと何でしょうか?

都並敏史 異次元空間から来た選手でした。全てが違う。リズムが違うし、見ているものが違う、手の動かし方も速さも全てが違うんです。手でも難しいような動きが普通にできる。別次元でしたね。

セルジオ越後 サッカーのボクサーだね。要するに技術もあるけど、野生的な感覚であそこまでになった。最終的に現役生活は気の毒な終わり方になったけど、それは人間的に土台がないから。スカウトしてきて、練習をさせてもあそこまでの選手は出てこないだろうね。

本能や闘争心といったことでしょうか?

セルジオ越後 そう。彼は誰かと出会ってスパイクを履かされ、サッカーというものを知ったんだろうね。そういうところが、次の存在が出てこない理由じゃないかな。動物的なアスリートの中の1人という感じ。他人が真似できないことより美しいものはないだろうね。

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By 小松春生

Web『サッカーキング』編集長

1984年東京都生まれ。2012年よりWeb『サッカーキング』で編集者として勤務。2019年7月よりWeb『サッカーキング』編集長に就任。イギリスと⚽️サッカーと🎤音楽と🤼‍♂️プロレスが好き

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