元U-19日本代表・木暮郁哉、シンガポールで語る(前編)「若者よ、海外へ行け!」
ASEAN(アセアン:東南アジア諸国連合)をリードする経済大国シンガポール。この地でプレーして丸3シーズンを迎えようとしている元U-19日本代表選手が、海外でプレーする、生活することの重要性について熱く語った。
その選手の名は木暮郁哉(こぐれ・ふみや)。東京出身で、高校までは三菱養和SCでプレーし、高校卒業後すぐにJ1のアルビレックス新潟に加入。その後、水戸や沼津へレンタルで出されたあと、アルビレックスとの7年間の契約を満了し、シンガポールへやってきた。
シンガポールへ来た初年度に所属したアルビレックス新潟シンガポールで活躍し、日本人初のSリーグ(シンガポール1部リーグ)でMVPを獲得。その活躍が認められ、翌年はホーガン・ユナイテッドへ移籍。ホーガン2年目の今年はキャプテンを任されている。
その木暮が、海外でプレーすること、生活することで感じた、「自分で考える事の重要性」「行動してみることの重要性」について、熱く語った。
サッカーで自分の”世界”をひろげよう!ミッション型海外インターンシップ「M:I Football」 2018年3月12日〜16日@タイ・バンコク
アルビSにやってきた時、木暮は自分の中で決めていたことがあった。日本でどん底まで落ちてから来ているので、全部ゼロからのスタートだと思ってやった。余計なプライドも全部捨てた。それが結果に繋がったと思っている。J1経験のある自分が、大卒や高校生の選手とも一緒にやるし、でもそういったマインドで取り組んだので、仲間として一緒にやれたと思っている。J2水戸に行った時の失敗と、JFL沼津で出会ったアマチュアの仲間たちとの経験が、今度は木暮のキャリアを浮上させることにつながったのだ。
日本という慣れた土地から離れて生活を始めた木暮は、他にも新しい挑戦をしていた。
「アルビSは良くも悪くも、日本人コミュニティで完結して生活できちゃう。自分はそれが嫌だったので、どんどん外に出た。」
ローカルのクラブでプレーしている日本人選手たちを始め、アルビSのクラブの外の世界の人たちとの交流をたくさん増やした。本人は、日本にいたときはそういうことをしなかったと言う。
「日本では自分は受け身で待っているだけで、自分から行動しなかった。自分から行動することによって、何かが生まれるんじゃないか?と思ってシンガポールに来たから、それを実行したかったんです。」
アルビSにやって来てシーズンがはじまる頃、「MVPになって、ローカルチームに移籍する」と宣言していた木暮は、見事に有言実行を果たすことになる。翌年、シンガポールの中堅クラブ、ホーガン・ユナイテッドへの移籍が成立する。
そこではクラブの中に日本人は木暮ひとりだった。そこで何から何まで自分でやらなければいけない、チャレンジングな状況に身をおくことを余儀なくされた。
「ローカルクラブに来てはじめて”海外で働いている”と強く感じることができた。自分から入っていかないと、相手も分かってくれない。助けてもくれない。」
自分からアクションすることの重要性に気づいた、と木暮は強調する。
「待ってても、誰かが助けてくれるような甘い世界ではない。自分自身、無理矢理性格を変えるチャレンジをした。元々は自分からワァ〜って行くタイプじゃなかったけど、自分から積極的にコミュニケーションを取っていくように性格も変えた。」
「1年目は色んな意味ですべて新しくて大変だった。ほんと何もわからないし、自分でやっていかなきゃならいないし、言葉もわからないし。ただ、その時の1年の成長の速度は、いままでの人生の中で格段に早かった。すごく成長できた一年だった。」
しかし、シンガポールでの2年目を終えた今シーズンを振り返り、木暮は危機感を覚えている。
「去年が何から何まで新しかっただけに、今年はちょっと楽になった。さらに、それじゃだめだなと思う自分が出てきていて、成長スピードが遅くなっている自分に危機感すら抱いているですよね。今年は、クラブでの活動以外で出会うサッカーと関係ない人たちからもたくさん刺激を受けていて、今のままでは駄目だって。もっと成長しなきゃって思って。」
木暮をはじめ、海外に出てきたフットボーラーがよく言う言葉がある。
海外に出ると、いままで出会わなかった人たちとたくさん出会い、話す機会ができる。日本で暮らしていると、どうしても同じ仕事の分野や趣味趣向の人たちと集いがちになるが、海外に出てくると、「同じ日本人」という共通項があるため、フットボーラーでもビジネスマンなどの全然違うバックグラウンドの人たちとの会話も弾む。ここで新たな価値観が生まれる。
木暮はさらに、海外に出て生活することのメリットを挙げる。今までいた、慣れた環境から離れて生活することで、成長の度合いが違う、という。木暮の言う成長とは何か。
「自分の前に困難が起きるとするじゃないですか、それを乗り越える、自分で考えて乗りきる力が身につくんです。日本だと、それって教えてもらえるみたいなところじゃないですか。海外にいると、日本では想定もしない、色んなあり得ないことが日常茶飯事のように起きるんです。その困難のクリアの仕方について、自然と身につくんですよね。対処の仕方にとどまらなくて、ビビらないとか、クヨクヨしないとかそういうメンタル面も鍛えられるんです。」
成長、それは自分で考え、乗り切ることだと言う。そして、考えるだけではなく、行動に移すことも大切だと木暮は続ける。
「毎日、色んなものに興味を持ち、考えながら生きていれば、意外にも身の回りにヒントって転がっていると思うんです。それを放置しないで、疑問を解決するようなことを行動に移すことができれば、新しい何かにつながっていくと思うんです。」
今の木暮がもしJリーグ時代に戻れるとしたら、どんな行動に移していたかを聞いてみた。
「いまの自分のマインドが当時あれば、ブラジルへの武者修行の話、あれに行っていたと思う。行かなかったのは、まだ当時は自分の中で”安定”していたと思いこんでいた。複数年残っている契約もあった。まさにコンフォートゾーンにいた。リスクを取れなかった。」
シンガポールで鍛えられ、シーズンオフに日本に帰ったら、新潟や水戸、沼津の仲間たちに「フミヤ、なんか変わったね。いままでと違う。積極的になった。自信がある、満ちている」って言われた。
おそらく、そこにはひとつの成功体験から来る自信があったのだろう。はじめて自分から行動して、安定のコンフォートゾーンから飛び出し、自分の力でMVPを獲得し、ローカルクラブに移籍できて。一方で、天狗になっちゃいけないのも分かっているという謙虚さも兼ね備えて――。
「サッカー選手に限らず、一般論として言えますけど、チャンスって、いっぱい自分の周りに転がっていると思うんですよね。それを行動に移すことができるかどうかだと思うんです。自分の身の回りにある小さな変化や疑問、そういうものに興味を持つこと。そこから成長してやろうという気持ち、情熱を持つことだと思います。」
「ただ、情熱を持て!と言われても、何していいかわからない人って多いと思うんです。だからこそ、たくさんのものに好奇心を持ち、興味を抱き、行動に移せばいいと思う。そうすれば、情熱を傾けられるものが見つかるはずだから。」
世の中では「限界説」という考え方が存在する。興味・関心の限界が知識の限界。知識の限界が思考の限界。思考の限界が行動の限界。そして、行動の限界が成果の限界という考え方だ。木暮が言っているのはこれに近しいと言える。
ただ、彼はここで「情熱」というものにも触れている。情熱を注ぐことが出来るものが見つかれば、その成果が高くなることは間違いないだろう。その情熱を注ぐ対象をどれだけ見つけることができるか。それは上記に倣えば、広く色んなものに興味を持ち、考えることが大事、ということなのであろう。
「サッカー選手で言うと、サッカーという情熱ってすでにあるじゃないですか。それだけの情熱がかけられるものが自分の傍にあるということを分かって欲しいなと思います。サッカーって世界中の人の心を大きく震わせることができるスポーツの一つだと思っています。そのサッカーの力の近くに自分が主体的に加わっているなんて、ものすごく価値のあることだとおもうし、せっかくそこにいるんだから死ぬ気で情熱を持ってやってほしいと思う。」
「人の人生を変えるくらいのことができるなんて、それなんて究極に幸せなことなんだと思っているから。情熱をかける価値があることを今一度認識してほしいなと思います。」
サッカー選手はある意味閉ざされた世界にいるから、もっと色んなものに興味を持って、幅広く行動を起こしてほしい、と木暮は続ける。それは選手に限らず、一般のひとも同様だろう。
海外じゃなくてもいい。日本にいてもできることはある。”世界”というのは、海外という意味だけではなく、”社会”とも読み替えられるだろう。慣れない世界、コンフォートゾーンから飛び出していけば、自分がマイノリティとなるような世界に飛び込んでいけば、成長に繋がる。
分からなくても、とりあえずやってみればいい。行動に移してみればいい。経験がなにより次への成長の糧になるから――。
敷かれたレールに沿って何も考えずに進むのではなく、自分で考えてレールを敷いていく力があれば・・・。
もしかしたら、木暮のキャリアはもっと花開いたかもしれない。
一度崩れかけたサッカー選手としてのキャリアの歯車は大崩しなかったかもしれない。
ただ、人間・木暮郁哉のキャリアはそれでも続いていく。
木暮の成長意欲は今も止まらない。
「まだまだ現役でありたい。日本に帰ることは考えていません。理想では現役を続けながら、何かをしたい。それが意味のあることかだと思っているから。まだまだ現役にはこだわって挑戦していきますよ。」
サッカーで自分の”世界”をひろげよう!ミッション型海外インターンシップ「M:I Football」 2018年3月12日〜16日@タイ・バンコク
木暮 郁哉(こぐれ ふみや)
1989年生まれ、東京都出身。三菱養和SCでプレーを始め、世代別代表にも選ばれる。高校卒業後にアルビレックス新潟に入団。高卒ルーキーながら当初はレギュラーに定着するも怪我で戦列を離れる。新潟に所属しながらも水戸と沼津にレンタル移籍をし、プロキャリア8年目にして初海外、アルビレックス新潟シンガポールへ移籍。SリーグMVPを獲得し、翌年よりローカルチームのホーガン・ユナイテッドFCに移籍し、現在も所属。2017年シーズンはゲームキャプテンも務める。
取材・文/四方 健太郎(よも けんたろう)
立教大学を卒業後、アクセンチュア株式会社の東京事務所にて、主に通信・ハイテク産業の業務改革・ITシステム構築に従事。2006年より中国に業務拠点を移し、大中華圏の日系企業に対すコンサルティング業務にあたる。2008年に独立後、1年かけてサッカーワールドカップ2010年大会に出場する32カ国を巡る「世界一蹴の旅」を遂行し、同名の書籍(双葉社)および、『世界はジャパンをどう見たか?』(経済界社)を上梓。現在、東南アジアやインドでグローバル人材育成のための海外研修事業に従事。現在はシンガポール在住。アジアサッカー研究所所長。東南アジアを中心としたサッカーニュースの配信や翻訳・PR、サッカー・フットサルチームの海外コーディネーション事業を営んでいる。
協力=アジアサッカー研究所
By アジアサッカー研究所