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まだまだ暴れ足りない浅野拓磨…欧州挑戦5年目で迎える覚醒のとき

2020.07.31

パルチザンでプレーする浅野拓磨 [写真]=Getty Images

 東欧のセルビアで浅野拓磨は欧州4年目のシーズンを戦い抜いた。公式戦37試合出場して9ゴールをマーク。2016年夏から欧州で挑戦を始めて以降、1シーズンで最多となる試合出場数とゴール数だ。新天地1年目で、もがきながらも結果を残した。だが、欧州での覚醒には、まだまだ暴れ足りない。

 2019-20シーズン開幕前の夏、浅野は移籍先を模索していた。ドイツでの3シーズンで思うように結果を残せなかったことで、新天地探しは難航する。そんな中で古巣のサンフレッチェ広島への移籍話も浮上していた。「僕自身も広島に強い思い入れがあるし、広島も僕の状況を見て必死に助けようとしてくれた」と本人は明かしたが、それでも「ヨーロッパでプレーしたい気持ちはほぼ固まっていた」。

 それは2016年の夏、涙ながらにファンへ成長を誓って広島を旅立った、あの時の思いが変わらず胸にあったからだ。「僕がアーセナルへの移籍を決めた時、4年契約を結んだなら何がなんでも4年は日本に戻らないという覚悟で海外に出ました。ヨーロッパでプレーできる限りは、できなくなるまで挑戦したいという強い覚悟を持って出たので、そもそも(日本に)戻るという可能性はゼロに等しかったです」

 最終的に選んだのはセルビアだった。FWルカ・ヨヴィッチ(レアル・マドリード)やMFネマニャ・マティッチ(マンチェスター・U)らを輩出した国として知られているが、一方で国内リーグとなると馴染みは薄い。当初、浅野はセルビアへの移籍に難色を示していたものの、セルビア・スーペルリーガで最多8回の優勝を誇る強豪パルチザンが諦めることはなかった。最後はクラブの熱意に心を打たれて、浅野は未知の世界に飛び込む覚悟を決めた。

「正直に言うと、セルビア以外の選択肢はあまりなかった。自分もすごく悩みましたけど、セルビアには覚悟を持って来ています。(ドイツからセルビアへの移籍が)僕としてはマイナスになると思っていないけど、周りから見たらステップダウンしたと見ている人もいた。だからこそ、スタートから本当に強い気持ちを持って挑みました」

浅野拓磨

[写真]=Getty Images

 新天地でデビューを飾ったのは、昨年8月8日に行われたヨーロッパリーグ(EL)予選3回戦のイェニ・マラティヤスポル戦。後半開始から途中出場すると、67分に味方のスルーパスで抜け出して右足を思い切り振り抜いた。初戦でありながら、味方との相性の良さが伺えた挨拶代わりの一発。強い気持ちを表すような最高のスタートを切り、順風満帆なシーズン送る……かと思われた。

「セルビアでの初戦でゴールを取ったけど、勘違いさせてくれなかった。サッカーの神様は厳しいなと思います」。鮮烈デビューを飾った浅野はチームで定位置こそつかんだものの、肝心のゴールからは遠ざかった。「どこに行ってもそうですけど、まずは結果が目に見えないと、次のステップに登れない。レベルアップ、ステップアップするためにセルビアを選んだので、リーグ戦とELを含めて、まずは目に見える結果を出していかないといけない」

 セルビアは欧州のリーグレベルを表すUEFAカントリーランキングで19位(2019-20シーズン)。前年度までプレーしていた3位のドイツからは大きくランクが落ちる。「ブンデスリーガでやっていた時と比べると、全体的にレベルは劣ってしまうのかなと感じます」と浅野は率直に話したが、同時にセルビアでの厳しさも実感していた。

「ただその中でも、対戦相手一人ひとりの身体能力の高さ、フィジカル面、1対1の強さ、そして何よりもアグレシッブさは日本では経験できないものです。一人ひとりが突っ込んでくるぐらいのディフェンスをしてくる。ここで結果を出すのも簡単なことじゃない。そのくらいのレベルだと感じています。自分がやるべきことを毎日やりながら高みを目指してやらないと、このリーグでさえも(自分は)潰れてしまうんじゃないかと思います」

浅野拓磨

[写真]=Getty Images

 浅野はパルチザンで主に左サイドハーフもしくは左ウイングでプレーした。ドイツでのサイド起用ではチャンスメイクや守備への貢献が重要視されていた。それがパルチザンでは、ゴールに近い仕事を求められている。DFとの駆け引きや裏への飛び出しといった自分自身の武器がより生かせる環境だった。

「そこは絶対に、僕に求められているプレーです。逆にそれをしなければ生き残っていけないと思う。ドイツでも裏への勝負や自分の個を生かすことはある程度できていました。パルチザンではボールを支配する時間がドイツより多い。なので、(裏へ抜け出す)タイミングが伺いやすいんです。やりやすさを感じているからこそ、結果を絶対に残さないといけない」

 ただ、新しい環境でのプレーは一筋縄ではいかなかった。セルビアはピッチの内外を問わず、今までと全く違う世界だった。リーグを象徴する国内トップ2のツルヴェナ・ズヴェズダ(レッド・スター)とパルチザンが激突する“ベオグラード・ダービー”では、当然のように発煙筒や花火が飛び交い、スタジアムは燃えているように赤く染まる。試合中でも突然爆竹が鳴り響き、両チームのサポーターや選手たちは殺伐とした緊張感を漂わせる。文字どおり熱狂的で、ドイツとはまた異なる雰囲気を放っていた。環境が変われば、当然そこへの適応が必要になる。浅野には自分のリズムをつかむまで辛抱の時間が続いた。異国の地での挑戦は、いつだって自分自身と向き合いながらの戦いだ。

「今のままでは終われない」。結果が出ずに焦りを感じていた中でも、浅野は常に自分自身にそう言い聞かせて前を向いた。「海外に来てから結果を残せていなくて、常にメンタルの部分で試行錯誤していました。どういう気持ちで試合に臨むのか、どういうメンタリティで臨むのかというのはいつものように悩んでいます。結果以外で自信を得られるのは、日々の過ごし方だと思っています。人よりもトレーニングしたり、これでいいのかって自問自答したり、もっとやろうと意欲的になったり。そういう日々の繰り返しが自信になって、それが今後の自分につながると思っています」

 待望のゴールを決めたのは、新天地デビューから約3カ月後の11月10日。自身の25歳の誕生日だった。第16節のインジヤ戦で自ら得たPKを沈めてついにリーグ戦初ゴールを決めた。適応に時間はかかったが、このゴールがきっかけとなり、ため込んだ鬱憤を晴らすように調子を上げた。前半戦最後の1カ月でリーグ戦3ゴールを記録し、マンチェスター・U、AZ、アスタナと戦ったEL本戦でも計2ゴールを挙げた。

 なかでも、昨年11月28日のAZ戦では、味方のロングボールに反応してタイミング良く抜け出すと、絶妙なトラップから冷静にGKの位置を見極めてフィニッシュ。持ち味のスピードを生かした飛び出しと少ないタッチで見事にEL初ゴールを仕留めてみせた。「本当にイメージ通りのゴール。あの落ち着き方は僕らしくなかった(笑)」と本人は自虐的に言ったが、欧州の舞台で“浅野らしさ”と笑顔のジャガーポーズを披露した。

浅野拓磨

[写真]=ANP Sport via Getty Images

 シーズン後半戦は2月にスタートしたが、新型コロナウイルス感染拡大の影響により約1カ月で中断を余儀なくされた。それでも、約2カ月半にわたる中断が明けると、浅野は再開初戦から2試合連続で計3ゴールを挙げる好リスタートを切った。ステイホームの期間でも自宅で音楽を聴きながらノリノリでトレーニングをする。そんな姿をSNSで公開していたように、先が見えない状況でも、いつもと変わらず前向きに準備した証だろう。

 2019-20シーズンは3年ぶりにシーズンを通じて戦った。新型コロナウイルスの影響によりリーグ戦のプレーオフは中止となった。開催試合数が減ったものの、浅野は欧州で1シーズン最多の公式戦37試合に出場した。「試合ができることの楽しさは、このチームに来て改めて感じている」とうれしそうに語っていたように、シーズンを戦い抜いたことに充実感を覚えているはずだ。加えて、リーグ戦で4ゴール、カップ戦で2ゴール、予選を含むELで3ゴールを挙げて、欧州でのキャリアハイとなる9ゴールを記録した。セルビアという新たな環境や、ドイツでは体感できなかったELという舞台で結果を出せたことは大きな手応えとなっただろう。

 ただ、それは欧州4年目でやっとストライカーとしてのスタートラインに立てたに過ぎない。ドイツでは3シーズンで公式戦60試合に出場して計6ゴール。日本で見せていた決定力は影を潜めて、1部での2シーズンでは不遇の時期を味わった。セルビアでの初シーズンは手応えこそ感じたはずだが、以前から目標に掲げていた「シーズン2ケタ得点」に1ゴール届かず、覚醒にはまだ程遠い。チームとしてもリーグ戦で宿敵のツルヴェナ・ズヴェズダに3連覇を許し、カップ戦も決勝に進出しながらPK戦で敗れて準優勝で終わった。タイトル獲得に貢献できなかった浅野本人もこの結果に決して満足はしていないはずだ。

 日本を旅立つときに覚悟を決めた節目の4年間が終わった。広島でのラストマッチではファンに「世界で暴れてこい」という言葉で送り出されたが、浅野はまだその期待には応えられていない。欧州5年目となる来シーズンは、パルチザンとの3年契約の2年目。欧州でプレーを続けるにしても、ステップアップを目指すにしても、何より結果が必要な1年になる。

 2020-21シーズンのセルビア・スーペルリーガは7月31日に開幕する。パルチザンが掲げるのは4シーズンぶりのリーグタイトル奪還。それには浅野拓磨のゴール量産が不可欠だ。ジャガーの得点本能の覚醒がタイトル獲得のカギになる。新シーズンこそ、大暴れのとき。

取材・文=湊昂大

By 湊昂大

Kota Minato イギリス大学留学後、『サッカーキング』での勤務を経てドイツに移住して取材活動を行う。2021年に帰国し、地元の広島でスポーツの取材を中心に活動中。

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