インタビュー時のヴィラス・ボアス氏
若くしてジョゼ・モウリーニョのアシスタントとして名を上げ、史上最年少監督として就任した名門ポルトでは33歳にして2010-11シーズンのヨーロッパリーグを制するなど、一躍、時の人となったアンドレ・ヴィラス・ボアス。
プロ選手キャリアを持たない監督としても注目度を高め、チェルシーの指揮官に抜擢されたが、結果は残せず解任の憂き目に。以降はトッテナム、ゼニト、上海上港(現上海海港)を率い、2019-20シーズンにマルセイユの指揮官に就任した。
マルセイユでは就任初年度にリーグ戦2位となり、チャンピオンズリーグの舞台へ導くなどしたが、2021年2月にフロントの不和もあり、辞任を突如表明。クラブからは職務停止を言い渡され、事実上の解任となり、後味の悪い結末となった。
現在はフリーの身となったヴィラス・ボアスに、マルセイユを離れた後、オンライン取材を実施。各国におけるビッグクラブを率いてきた自身の経験を振り返ってもらうとともに、監督としての“信念”を聞いた。
インタビュー=三島大輔
■マルセイユを離れたのは「信念に基づいて行動した結果」
―――2019-20シーズン開幕から率いたマルセイユは残念な形で去ることになりました。
アンドレ・ヴィラス・ボアス(以下、AVB) 去らなければならなかったことは残念です。スポーツ運営において意見の齟齬がありました。そうなるとクラブを去らなければいけない。マルセイユでは過去のキャリアでもベストと言える実績を作れました。これからも新たな実績を作りたいと思っていましたが、サッカーは予測がつかないことや場合によっては、残念なことが起きてしまうこともあります。
―――監督としての信念が、決断に至った理由でしょうか。
AVB そうですね。私はこれまでの人生の中で、信念、方針、価値観を大事にしてオープンに接してきました。疑問を感じたら、立ち向かってきましたし、クラブにもそう伝えてきました。もちろんクラブが何を期待しているかも確認してきました。ただ、クラブ側の真意が不明瞭だったところも確かです。私の信念に基づいて行動してきた結果ですね。
■「内向的で、殻に閉じこもり」だった少年が監督になれた理由
―――自己分析をすると、どんなタイプの指導者と言えますか?
AVB 若くしてキャリアを始めたこともあり、常にオープンに選手と接しようとしてきました。その中で大事なのはリーダーシップです。リーダーにもいろいろなタイプがいますが、重要なのは、選手自身の成長を感じさせられるリーダーとマッチングすることです。できるだけ選手と近い関係を作り、人生の信念に正直に生きていくことを大事にしました。選手にもいろいろなタイプがいて、そこに合わせて対応できる資質も重要です。
―――そのリーダーシップを確立したのは、子どもの頃からですか?それとも監督を志してから?
AVB 面白い質問ですね。幼い頃は内向的で、殻に閉じこもりがちでした。幸いしたのは、そういう性格であると自認していたことです。コーチを志すにあたり、そこを変えないといけないと思っていました。コーチになることに苦労したというよりも、変えるための努力をしてきましたね。
―――ヴィラス・ボアスさんはプロ選手キャリアがありません。どのような努力をしたのでしょう?
AVB 学ぶことです。勉強することでギャップを埋める必要がありました。若い頃のイギリスへの留学経験が重要でしたね。どうやって選手を伸ばすかに重きを置いていて、その後のキャリアを進める上でも役立ちました。強力なリーダーシップは必要だし、選手への指導も必要、ドレッシングルームでの振る舞いも考えないといけません。それも勉強して身につける必要がありました。もちろん、戦術などを学んだり、選手のスカウティング方法も考えないといけないし、相手の戦略にも対応する必要もあります。それをやった上でリーダーシップを発揮しようと考えてきたので、特に苦労したということはないんです。
■「日本やブラジルのように、優勝クラブが毎年のように変わる方が、面白いかも」
―――これまで様々な国で、その国のビッグクラブを率いてきました。国内における“ビッグクラブ”とはどんな存在であるべきでしょう。
AVB 国によって事情は違います。例えばフランスやドイツは傾向が顕著ですが、ずば抜けたチームがいることでの弊害があるかもしれません。フランスではパリ・サンジェルマンの予算が突出しているので、予算のない他のチームはあきらめている部分があるかもしれません。一方で、スペインやイタリア、ポルトガルはビッグクラブがありますが、実力は拮抗しています。さらに、日本やブラジルのように、優勝クラブが毎年のように変わる国もあります。そういったリーグの方が、より面白いかもしれません。
―――ビッグクラブを率いる上で大変だったことは何でしょう。
AVB プレッシャーは常に感じます。強いチームだからこそ、相手も通常の試合より高いモチベーションを持って、アグレッシブに戦うので、それに対抗しないといけません。それは特にポルトやマルセイユで感じました。本気で来るチームに勝つと、喜びも大きいですし、やりがいでもあります。
―――誰もが知っているクラブを歴任できている理由はなんでしょう?
AVB クラブが私を監督にしようと意思決定してきた結果、というだけです。手前味噌ですが、獲得したトロフィーの数、リーダーシップを判断してもらった結果でしょう。サッカーは一大産業ですが、狭い世界で、密なコネクションがつながるものです。例えば、自分のお気に入りのレストランがあったら、友達に紹介することと同じです。クラブに推薦してくれた人は、私のいい部分を伝えてくれたのでしょう。幸運だったのは、多くのクラブに招かれ、結果を出せたこと。将来もその経験が続けばいいと思っています。
―――アジアでは上海を率い、AFCチャンピオンズリーグにも出場しました。欧州とアジアのビッグクラブで、資金以外に感じた違いはありますか?
AVB 上海での経験しか話せませんが、違ったことは技術のクオリティです。欧州はサッカーの文化が定着しており、幼い頃から技術を伸ばしています。中国では成長してから身につけた選手もおり、技術的な差があったのは否めません。それから戦術レベルです。致し方ないですが、競技経験が欧州と比べて少ないため、情報も少ない。どうやってゲームを組み立てるかの知識が不足しています。ただ、興味深かったのは、積極的に学ぶ姿勢ですね。選手の学ぼうとする意欲は高く、質問もたくさん受けました。監督としてやりがいのあることでもあります。学ぼうとする姿勢が選手にはあったので、能力を伸ばしてあげるという本来コーチがするべき仕事ができました。
■「日本の状況は以前より良くなっています」
―――国の強さの指標にワールドカップでの成績があります。国におけるトップディビジョンの強さが代表の強化に比例すると考えますか? その中でビッグクラブは必要でしょうか?
AVB 日本の専門家ではないので、答えることが難しいところでもありますが(笑)。ビッグクラブが絶対に必要とは思いません。例えば日本やブラジルのトップ選手は欧州を目指し、現地でインパクトを残したいと考えるかもしれません。必ずしも国内にビッグクラブが必要ではなく、欧州で個人が力を伸ばすことが代表の強化にもなります。日本の状況は以前より良くなっています。若い、才能ある選手が、若くして欧州に来る傾向が顕著です。以前は欧州でプレーしていたのは中田英寿や本田圭佑といった一握りの選手でした。今は酒井宏樹、久保建英、冨安健洋など、多くの選手がプレーし、インパクトも残して話題になっています。以前よりいい状況ですね。
国内の強化を考えるのであれば、ユースに投資をすることです。より若い年齢の段階での、国内の競技レベルを上げる、若い選手を育てれば底上げにもなるし、欧州でプレーする選手もさらに増えます。比較をする場合、アジア内で比較する方が良いでしょう。韓国、オーストラリア、中国と比べてどうか。韓国人も欧州でプレーする選手が多い。韓国も黄金世代と呼ばれた選手たちがいて、2002年はW杯で3位となった。日本もまもなく黄金世代の誕生が期待できるかもしれません。南野拓実や久保などを中心に期待できるのではないでしょうか。
―――これからのチャレンジや目標を教えてください。
AVB 2009年に監督を始め、まだ15年も経っていません。やりたいことはたくさんあります。世界でいろいろな経験をしたいと思っていますし、だからこそロシアや中国にも行きました。欧州でも経験を積みたいし、アジアに戻るかもしれないし、ブラジルも行ってみたいし、メキシコで監督をやるかもしれません。他の監督より、できるだけ幅広く経験を積みたいですね。何が起こるかわからないし、日本で監督をやるかもしれません。これから何が起きるかを楽しみにしていてください。私も楽しみにしています。
By 三島大輔
サッカーキング編集部