三回戦 四日市中央工 1-0 桐光学園 [写真]=鷹羽康博
文=安藤隆人
準々決勝終了後、一本の電話がかかってきた。電話の主は四日市中央工(以下・四中工)の樋口士郎監督からだった。
四中工は準々決勝で履正社を相手に、試合終了間際に追いつき、PK戦の末に勝利をして、2年ぶりの国立進出を決めていた。その樋口監督からの電話。出てみると、「安藤さん、いや~びっくりしましたよ!」といつもの人の良さそうな樋口監督の高い声が聞こえてきた。私も「おめでとうございます!」と言った後に、「正直、僕も驚いています」と素直な思いを伝えた。
実は今年のチームは『谷間の世代』と呼ばれていた。FW浅野拓磨(現サンフレッチェ広島)、田村翔太(湘南ベルマーレ)を筆頭に、2年前に選手権準優勝したメンバーが、ほぼそっくりそのまま残った昨年と違い、今年は彼らがごっそりと抜けて、春先は準優勝を経験しているレギュラーがDF坂圭祐とGK中村研吾の2人だけ。多くが1、2年生メンバーで固められる状況だった。さらに、GK中村のプレーがなかなか安定せず、夏には正GKの座を2年生の高田勝至に明け渡すなど、苦しいチーム状況にあった。
「正直、今年は厳しいよ。ここまでメンバーがいなくなるとね…」。
春先、樋口監督は私にこう漏らしていた。実際にプリンスリーグ東海では残留争いに転落し、インターハイ予選では決勝で三重高校にPK負け。まさにどん底だった。
しかし、ここからMF森島司、FW小林颯ら1年生が急成長。それに触発されてDF中田永一、MF舘和希、GK高田ら2年生も成長。選手権予選前には、急な下の世代の台頭に、FW井手川純、DF大辻竜也ら3年生が奮起。一気に個々の力が2重3重に増していったチームを、坂がしっかりと統率。県予選決勝では海星に5-0と圧勝するなど、見違えるようなチームに生まれ変わった。
「一昨年、昨年はスーパーな選手がいたので勝ちやすかった。今年は1年かけてみんなで作っていた。一人一人が大きくなって、その結果、チームという円が膨らんでいくイメージ」(樋口監督)。
この円は本大会でも広がり続け、何と国立進出まで勝ち取った。
「昨年は『勝負の年』と位置付けていたのに、勝てなかった。でも今年は勝った。もう本当に分からないね。でも、これが高校サッカーなんですよね」。
電話越しの樋口監督は、この驚くべき出来事をかみしめるかのように話し、この言葉の一つ一つの裏に、当初の思いをいい意味で裏切ってくれた選手たちに対する感謝が込められていた。
「国立は楽しませます」。
こう締めくくった樋口監督。この円はどこまで広がり続けるのか。準決勝では、緑の芝生の上で躍動する彼らが、1年かけて作り上げた『大輪』を楽しみたいと思う。
文=安藤隆人