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悪夢の国立 昨年の準決勝敗退でもジョークを飛ばした星稜・河崎護監督が言葉を詰まらせる

2014.01.13

[写真]=大木 雄介

文=安藤隆人

 決勝戦後の記者会見。あの饒舌でユーモアにあふれた発言をする星稜・河崎護監督から、今まで聞いたことが無いような『声』を聴いた。

 河崎監督は記者会見室に入り席に就くと、ゆっくりと口を開いた。

「今日は相手の攻撃や、守備での集中力が高かった。運よく前半に1点をもらい、後半も相手の一瞬の隙を突いて、2点目を奪うことが出来ましたが……」(河崎護監督)

 最初は淡々と、試合の感想を口にしていたが、徐々に声のトーンに変化が現れた。

「……最後は勝たせてあげたかったし、僕自身も勝ちたかった。昨年、ベスト4で負けた時の記者会見と、今日のそれとは気持ちに差があって……。今日は……言葉にならない…ですね」(河崎護監督)

 言葉に詰まりながら、一言一言、言葉を選ぶようにゆっくりと語る。そこには無念さ、悔しさ、一言では言い表せない感情が入り乱れ、処理しきれないでいるように見えた。

 河崎監督の言う昨年の記者会見は、優勝した鵬翔相手にPK負けを喫したが、「最後のキッカーが(第83回大会準決勝で)PKを外した橋本晃司(現・大宮)に見えた」など、ユーモアセンス溢れるトークで、会見場に笑いをもたらしていた。しかし、今回は前述したように、そんなそぶりは全くなかった。

 2-0とリードしておきながら、残り10分で追いつかれ、延長戦で決勝弾を浴びてのまさかの逆転負け。あまりにもショッキングな幕切れは、名将の心を大きく乱していた。

「今日は最初から最後までドキドキしていた。点を入れられてからは、今までに味わったことがないようなプレッシャーを感じた」(河崎護監督)

 百戦錬磨の名将が、最後の国立という大きなプレッシャーの前に飲み込まれそうになる。その言葉を耳にしただけでも大きな驚きを感じたが、それほどまで満員に膨れ上がったスタンドの異様な雰囲気、そして国立競技場という重みが、経験豊富な指導者をもってしても苦しめるようなプレッシャーを生み出していた。

「ありがとうございました」。

 最後まで笑い声は起きなかった。悪夢の国立。今日、河崎監督の脳裏には、この言葉が強烈に刻まれたかもしれない。しかし、これで河崎監督のこれまでの功績が色あせるわけではない。本田圭佑、豊田陽平、鈴木大輔を始め、多くの選手をプロに輩出し、優勝した富山第一と共に、常に北信越のサッカーをリードしてきた指導力は、称賛に値する。

 勝手な思いだが、この経験がさらに名将を名将たるものにしてくれるはず。どれだけ経験を積みすぎても、これ以上積まないでいい経験はない。逆にここでこれほどまで大きな経験を積めたことは、さらに河崎護という人間の価値を高めていくに違いない。

 静かに国立を去りゆく彼の背中を見て、そう思った。河崎護はただでは転ばないと――。

文=安藤隆人

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