東福岡の森重監督 [写真]=瀬藤尚美
「おい、健人。いつ胴上げしてくれるんだよ」
決勝後、喜びに沸く東福岡のキャプテン、中村健人に対して森重潤也監督はそんな言葉を投げかけた。飛びだした軽口は、指揮官の変化を象徴するものだったのかもしれない。
この言葉の伏線が敷かれたのは1年半前のインターハイだった。圧倒的強さで夏を制したイレブンは指揮官の胴上げを試みたが、「選手権で勝ってからだ」と突き放された。「選手権を取れるチームだと思っていたから」こその言葉だったが、冬の選手権でチームは敗れ去り、その約束が果たされることはなかった。
それからさらに半年後のインターハイで再び東福岡は優勝を果たす。森重監督は、ここでも胴上げを拒否。「お預け状態」(同監督)の継続を選んだ。そして前年夏から冬にかけてチームが伸びなかった反省を踏まえて選手を鍛え、厳しく接して冬の選手権へ。今度こそ約束は果たされ、指揮官の体は宙へと舞った。「本当に、最高の気分でした。自分の夢を生徒たちがかなえてくれた」(同監督)。
タレント性という意味では申し分ないメンバーがそろっていた前年のチームでの結末を受けて、指揮官は少し変わったのかもしれない。実は記者への対応の雰囲気も少し変わってきていて、選手権の少し前には「森重さん、ちょっと変わったよね」なんて話を記者同士でも交わしていた。長らく指導を見てきた志波芳則総監督も「50歳になったから変わったんだよ。40代とは違うのさ」と冗談めかしながら、そうした見方を首肯した。
「会話の中で冗談も飛びだすようになって、余裕が出てきたと思う。昔から本当にクレバーな男だったけれど、昔の森重は純粋に指導者だった。プレーの一つひとつだけにこだわって、その指導しかしていなかったと思う。いまは生徒に対して、一人の人間として向き合って、一人ひとりに対してサッカーだけでない部分にまで目を向けられるようになった。メンタルの部分もチェックできるようになって、変わってきた」(志波総監督)
17年前に選手権連覇を為した志波総監督からバトンを受け継ぎ、重いプレッシャーと戦った時期もあったはず。「県大会の決勝にすら出られなかった時期もあった」(森重監督)わけで、受けた重圧は想像を絶するものがある。それだけに、志波総監督も「何より森重が優勝したことが本当にうれしいんだ」と微笑んだ。その上で、「優勝は誰か一人の力はではできないもの。そしてサッカーは一人でやるものじゃない。フォア・ザ・チームのメンタルを育てられるかどうか。それはつまり、最後は『人間を作れるか』ということ」と結んだ。
単に強い気持ちというだけではなく、助け合いと犠牲心のマインドを持った選手たちがタレントで劣ると言われながら大きく成長し、栄冠を勝ち取った。サッカー選手である以前の「強さ」があったからこそ、今年の東福岡はチームとして紛れもなく強くなった。
文=川端暁彦
By 川端暁彦