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【選手権プレーバック】脇野敦至×寺尾凌…東福岡vs市立船橋は激戦必至!譲れない名門校の意地

2016.12.29

 昨季、全国舞台で二度激突した東福岡高校と市立船橋高校。高校サッカー界屈指の名門対決は、いずれもPK戦にもつれこむ死闘だった。両校の守護神として火花を散らした脇野敦至東福岡)と寺尾凌市立船橋)は現在、国士舘大学のチームメイト。母校愛が溢れる二人に聞く、大舞台で勝負を分けるものとは。

インタビュー・文=平柳麻衣、写真=兼子愼一郎、兼村竜介、森田将義

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■自分がセーブして黙らせてやろうと思った(脇野)

――昨年度の全国高校サッカー選手権大会終了後に『サッカーキング』で実施したアンケートがありまして……
寺尾 僕、そのGK部門で5位でしたよね? 脇野はぶっちぎりの1位だったのに……。

――ご存知だったんですね(汗)。その「ベストゲーム」投票で3回戦の東福岡高校vs市立船橋高校(0-0/PK4-3)が1位に選ばれました。PK戦までもつれこんだ熱戦を、両校の正GKを務めたお二人に振り返っていただきたいと思います。
脇野 まず、組み合わせが決まって3回戦で市船(市立船橋)と当たる可能性があると分かった時に「マジか」と思いました。インターハイ(平成27年度全国高等学校総合体育大会)の決勝(1-1/PK6-5で東福岡が勝利)では何とか勝ちましたけど、あまり勝った気がしていなくて、次に対戦したらもう一度勝てるのかな? と思っていて。前年も3回戦で負けましたし、この市船戦が一番の試練だなと思っていました。

寺尾 僕は組み合わせが決まった時、「やったな!」と思いました。ヒガシ(東福岡)にリベンジをするためにインターハイが終わってからずっと練習してきたので、対戦できることがうれしかったです。

――お互いの存在は意識していたのですか? 
脇野 インターハイの前に国士舘大学の練習会で初めて会って、対戦するなら「負けられないな」と思っていました。

寺尾 練習会の時に「いつか対戦できたらいいね」という話をしていたので、2回も対戦できて良かったです。

――試合はスコアレスのままPK戦に突入しました。
寺尾 インターハイの時は自分のせいで負けたので、選手権という大きな舞台で借りを返すために「やってやろう」という気持ちで臨みました。会場がフクアリ(フクダ電子アリーナ)だったので市船を応援してくれている人が多くて、思い切ってプレーできたと思います。

脇野 試合中はずっと攻められていたので、80分間を終えたホイッスルが鳴った時に“守りきった感”がすごくあって、ここまで守れたなら「絶対に行ける」と感じました。たしかに7、8割の観客が市船の応援でしたが、そこは自分がセーブして黙らせてやろうと思いました。

――まず脇野選手が2人目のキックを止めました。
脇野 11番(工藤友暉)はCKやFKを何本も蹴っていて、蹴り方や助走の入り方から「絶対に右にしか来ない」と予想し、あまりコースが良くなかったおかげもあって反応することができました。

――その後、4-3で迎えた5人目で寺尾選手がセーブしました。
寺尾 決められたら負けという状況で、自分が「何のために市船に来て、何のために3年間努力してきたのか」と考えました。仲間の思いも背負っていましたし、「みんな、力をください!」と心の中で思っていたので、あれはみんなで止めたセーブだと思っています。

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――会場の雰囲気が完全に市船一色となった中、脇野選手がさらにドラマチックな展開に持ち込みましたね。
脇野 東福岡の5人目だった三宅(海斗)は蹴る前の表情がすごく硬かったので、「外してもいいから思いっきり蹴ってこい」と言ったんです。そして、ボールが弾かれる音と歓声を音で聞いて、「止められたか」と思ってピッチを見たら三宅が倒れ込んでいたので、「まだ終わってないから気にするな」と声を掛けました。僕が止めたら勝ちで、入れられても負ける状況ではなかったので、精神的には少し余裕がありましたね。4番(杉岡大暉)はインターハイや代表チームで得た情報が頭に入っていたので、予想通りに止められてホッとしました。

寺尾 そこは脇野に一枚やられたなと思っています。会場が市船の雰囲気になった時、僕はもう「行ける」と思いました。でも、キッカーにとってはそういう雰囲気のほうがプレッシャーが大きくて、まだみんなの興奮が冷めていないうちに蹴ってしまった。PKはどちらかが失敗して勝敗がつくものなので仕方がないですが、あの場面で味方に声を掛けられなかったことが選手権での一番の後悔です。

脇野 選手権のような大舞台でのPK戦では、キッカーに声を掛けてあげることも、余裕を持って蹴らせるために必要な戦術の一つだと思っています。

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――PKの際、相手選手のデータは参考にするタイプですか?
脇野 選手権の時は2回戦の翌日が3回戦だったので、僕は相手の分析をほとんどしていないです。もともとPKは自信があるので、自分を信じてやるだけでした。

寺尾 僕はヒガシのPKに関するデータを事前にしっかりと分析していたのですが、データの逆ばかりに蹴られたので「全然違うじゃん」と思いました(苦笑)。

――インターハイで対戦した時のデータですか?
寺尾 そうです。組み合わせが決まった時からヒガシの試合映像を何本も見ましたし、サッカーノートにも分析を書いたりしていたんです。でも、あまりに逆ばかり取られたので、最後はもう高校生活に悔いがないよう気持ちで飛びました。

――東福岡側はキックの方向をインターハイの時とは意図的に変えたのですか?
脇野 キッカーに関しては特に何も聞いてないですけど、PKの練習の時は、キッカーが蹴る方向をあらかじめGKに伝えるんです。GKに読まれても決められるコースに蹴る練習をずっとしていたので、みんな自信のある方向に蹴ったと思います。

――味方のキックは見ていましたか?
脇野 僕は下を向いてました。

寺尾 僕は後ろです。見ていられないですよ。

脇野 味方に成功してほしいという気持ちはありますけど、次に自分が止めることに集中したいので。

寺尾 集中力の“ゾーン”に入ることが大事なので、味方が決めた、外したことに一喜一憂せず、自分が止めることだけを意識していました。

――あの5人目のセーブも“ゾーン”に入った状態で?
寺尾 はい。PK戦の時はずっとゾーンに入っていますけど、止めた時は本当に「無」の状態だったと思います。

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■選手権は空気が独特。楽しくて仕方がない(寺尾)

――選手権においてGKならではの「良いプレーをするコツ」はありますか? 例えば緊張のほぐし方など。
寺尾 緊張よりも「やってやろう」という気持ちでした。

脇野 僕も緊張はしなかったです。これだけ観客やメディアがたくさん来てくれる大会は、選手権以外だとプロにならないと経験できない。もちろん勝つことが一番ですけど、その次に「楽しむ」ことや「会場を沸かせてやろう」という気持ちを持っていました。

――PK戦の時にプレッシャーを感じたりは?
寺尾 選手権は空気が独特だから、楽しくて仕方がないんです。プレミア(高円宮杯U-18サッカー プレミアリーグ)は負けても次があるし、引き分けもあるし、観客はせいぜい100人くらい。でも、選手権は空き席が見えないくらいお客さんが入るので、プレッシャーを感じている場合ではないです。程よい緊張感はありますけどね。

脇野 選手権は試合が終わると本当に疲れます。マジできつい。

寺尾 特に高校サッカー界のトップにいるチーム同士の対戦だと、試合が終わった後に溜め息しか出ないくらい本当に疲れます。これは経験してみないと分からないと思う。

脇野 しかも、フィールドの選手とGKではその感覚が違うと思います。

寺尾 そうそう。相手陣内で攻め続けられるような展開だったらいいけど、五分五分や守りの時間が長い試合だとGKはずっと緊張状態が続くので、終わった後は疲れがドッと出ます。

脇野 フィールドの選手は走り回るから体力的に疲れるけど、GKはメンタル面がすごく疲れます。特に選手権は試合間隔が短いので、気を抜ける時に抜かないとやっていられないです。僕たちはホテルが一人部屋だったのでゆっくりできたし、トレーナーにメンテナンスをしてもらいながら、チームメイトと雑談をして過ごしたりしていました。

寺尾 僕は勝つためにずっと試合のビデオを見ていました。

脇野 マジで? ガチガチ過ぎない?

寺尾 さすがに食事の時とかは気を抜きましたけど、部屋にいる時は勝つことだけを考えて、PKの情報を覚えたり、ヒガシの試合映像を見て「この選手はこういう抜け出し方をする」といった特徴を確認していました。

脇野 すごいな。僕なら絶対に無理。

寺尾 そこまでしたのに、負けてしまった(泣)

――ここまで追い込むタイプのGKは珍しいのですか?
寺尾 GKは一番準備をしなくてはいけないポジションなので、みんなある程度はやっていると思います。

脇野 逆に僕みたいなタイプのGKのほうが珍しいと思う。チームとして相手の分析はしていましたけど、個人で動画を見ることはあまりなかったです。

寺尾 でも、僕も追い込むのは試合の前だけで、普段はサッカーのことをほとんど考えていないですよ。日頃の練習では相手の対策よりも、自分の課題を克服することに専念しています。そういえば、選手権の前に不得意だった「下がりながらのセービング」を徹底的に練習していたら、東福岡戦でそのとおりのボールが来てセーブできたのはうれしかった。

脇野 僕は大会直前にできないことを克服しようとしても時間が掛かってしまって無理だと思ったので、長所をさらに磨くことを意識していました。

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■GKが試合を諦めたらすべて終わり(脇野)

――選手権を経験したことで得たものはありますか?
脇野 一番は尊敬する心や、感謝の気持ちです。自分たちだけでは優勝できなかったし、両親、スタッフ、応援してくれる人、いろいろな人が東福岡のために動いてくれたおかげで優勝できたと思う。携わってくれた人たちへの感謝の気持ちが強くなりました。

寺尾 僕が一番感じたのは、少しの差が勝敗を分けるということ。勝負どころで出るのは、やはり日頃の行いや人としての立ち振舞いなんだと思いました。自分はそこが欠けていたから、PKを止められなかったし、勝負に勝つことができなかった。それを学べたことが一番の収穫です。

――後輩たちに今、伝えたいことは?
寺尾 今年の3年生は「必ず優勝します」と約束してくれたので、その約束を果たしてほしいです。

脇野 今年のチームは3連覇が懸かっていたインターハイで負けてしまい、悔しい思いをして選手権の全国切符をつかみ取りました。選手権も2連覇が懸かっているけど、それは最終的な目標なので、一試合一試合を大事に戦ってほしいと思います。

――市船は今年のインターハイを制しているので夏、冬の2冠が懸かっています。
寺尾 インターハイの結果はもう関係ないと思います。それよりも去年の選手権に出ていた選手が多いので、僕たちの思いも背負って戦ってくれると思いますし、決勝でヒガシと当たって、ヒガシに勝って優勝してもらうことが理想です。

脇野 僕はインターハイ王者だからといってあまり市船のことは意識せずに、優勝を目指してほしいと思います。選手権は特別な雰囲気があって、どこが相手でも勝ち上がるのは本当に難しい。うまく行けば決勝で市船と当たるので、その時には「やっぱりヒガシが強かったね」と言われるように頑張ってほしいです。

――最後に、選手権に臨む全国のGKへのメッセージをお願いします。
脇野 たくさんの観客が入ったスタジアムで試合ができるのは本当に幸せなことなので、あの舞台を楽しんでほしいです。あとは、GKが試合を諦めたらすべて終わりだと思うので、最後の笛が鳴るまでチームを鼓舞し続けて、仲間を信じて戦ってほしいです。

寺尾 自分が日々やってきたことを信じて、「1点も与えない」という強い気持ちを持って、どっしりと構えて戦ってほしいと思います。

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【番外トーク】もし、今年度の決勝で東福岡vs市立船橋が実現したら……

脇野 県予選の出来は良かったみたいだし、たぶん行ける。
寺尾 今年はヒガシに負けないよ?
脇野 ヒガシvs市船って普通の試合と違うよね。市船が相手ってだけで熱の入り方が違う。
寺尾 特別だね。
脇野 例えて言うならバルセロナvsレアル・マドリードみたいな? 東と西の名門同士だし、ずっと昔から続いている。
寺尾 まぁ、市船のほうが名門だけどね。
脇野 いやいや、負けんよ。

――またもPK戦まで行きそうな予感はありますか?
脇野 今年はないかな。決勝だから延長戦もあるし。延長戦に入ったら負けんよ? インターハイが終わってからめちゃくちゃ走り込んでいるらしいから、走り負けることはないと思う。
寺尾 こっちも延長まで行ったら負ける気がしない。市船の守備は鉄壁だよ。
脇野 そういえば、新チームになってから市船と対戦したよね(第21回船橋招待U-18サッカー大会)。その時も2-2で決着がつかなかったってすごくない?
寺尾 それグラスポ(法典公園)でやっていたけど、観客の数がすごかったらしいよ。それだけヒガシvs市船は注目されている。
脇野 正直なことを言うと、まず決勝までの道のりが険しすぎる!
寺尾 市船もそう! 1回戦が京都橘で、勝てたら次は前橋育英vs明徳義塾の勝者。
脇野 ヒガシは長崎総科大附や桐光学園と同じブロック。どこと対戦しても厳しい試合になると思うし、あまり先のことを考えず、一戦一戦頑張ってほしい。最終的に決勝で市船と対戦できたらいいけど。

――お二人は応援に行くのですか?
寺尾 僕はもちろん! 懸けている気持ちが違うからね。
脇野 寺尾は近いからいいけど、僕は福岡だよ。高校3年間の正月はずっとホテルで過ごしたから、今年は実家でゆっくりしたいな。
寺尾 僕は今年のインターハイの時、広島まで応援に行ったよ。優勝は本当にうれしかったけど、前年のことを思い出して「何で去年は優勝できなかったんだろう」と悔しさがこみ上げてきて、涙がポロポロ出てきた。
脇野 熱い男だな。
寺尾 さすがに応援団の中には入らなかったけど、選手入場の時には大きな声で校歌を歌ったよ。
脇野 一人で?
寺尾 そう。市船愛、半端ないもん。

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国士舘大学1年 GK脇野敦至(わきの・あつし)
▼生年月日/1998年3月12日 ▼身長・体重/182cm・75kg
東福岡高校時代はインターハイ2連覇と高校選手権の優勝に貢献。常に冷静沈着で、抜群の安定感を誇る。国士舘大学では1年目でリーグ戦デビューを果たしたが、ライバル心をみなぎらせるチームメイト・寺尾の存在に戦々恐々としている。



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国士舘大学1年 GK寺尾 凌(てらお・りょう)
▼生年月日/1997年7月29日 ▼身長・体重/184cm・75kg
市立船橋高校の正GKを務めた2015年度は、インターハイ、高校選手権のいずれもPK戦の末に東福岡高校に敗戦。「打倒・脇野」を掲げて国士舘大学に進学した。「考えるよりも動く」タイプで、本能のままにビッグセーブを連発する。



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By 平柳麻衣

静岡を拠点に活動するフリーライター。清水エスパルスを中心に、高校・大学サッカーまで幅広く取材。

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