「選手たちは優勝争いのプレッシャーをあまり感じていないと思う。緊張感がチームを強くしてくれる。チーム内での激しい競争が続いているし、“優勝争いどころではない”という感じもあると思う」
10月28日、台風接近で悪天候に見舞われた味の素スタジアム西競技場。残り4試合となったJR東日本カップ2017 第91回関東大学サッカーリーグ戦1部で、筑波大学は首位を走っていた。一騎打ちで優勝争いを繰り広げている2位・順天堂大学は同会場の第一試合で、専修大学に2-1と勝利。後半アディショナルタイムの決勝ゴールで勝ち点3を掴んだ。2ポイント差の位置につけるライバルが劇的勝利を収めた後で、その様子を見届けた後で、第二試合に臨む筑波大。重圧がかかる一戦となったが、結果は5-0の大勝だった。多彩な攻撃で慶應義塾大学を圧倒し、残りは3試合。「“追われる立場”として、優勝争いのプレッシャーはあるのか」。指揮官から返ってきたのが冒頭の言葉だった。
「全勝しないと優勝できない。順天堂大は勝負強いし、気を抜けない」と、小井土監督はラスト3試合を見据えた。果たして、筑波大はその言葉を体現してみせる。専修大に3-2、流通経済大学に3-0と勝利。すると、2ポイント差の順天堂大が第21節の東洋大学戦で痛恨のドローに終わった。直接対決が組まれた最終節を前にして、勝ち点差は「4」に。1試合を残し、筑波大の優勝が決まった。
そして迎えた、最終節。“優勝決定戦”の実現は叶わなかったが、リーグをけん引してきた両雄の激突が消化試合の色彩を帯びることはなかった。筑波大は開始10分で先制を許したものの、43分と45分の得点で2-1と逆転する。後半立ち上がりに再び追い付かれたが、78分、MF西澤健太(3年)が鮮やかなミドルシュートを突き刺して勝ち越しに成功。3-2と打ち合いを制し、王者の底力を示してみせた。「先に点を取られても慌てなかった。やるべきことをやり続けて、試合の流れを自分たちへ持ってくることができた。自分が何かを言わなくても、選手たちがピッチの中でやるべきことをできていた。成長を改めて感じた試合になった」と、指揮官はチームを称えていた。
この結果、筑波大は全22試合で17勝を記録し、積み上げた勝ち点は「54」に到達。歴代最多勝利数と勝ち点でのリーグ制覇を果たすこととなった。2部降格の憂き目に遭ってから3年、ついに手にした“史上最強”の称号だ。
「3年前が悪かったというわけではないし、同じことを言い続けているけど…」と前置きし、小井土監督は進化の道のりを振り返る。「3年前」すなわち2014年、筑波大は低空飛行を続けていた。MF谷口彰悟(現・川崎フロンターレ)やFW赤崎秀平(現・ガンバ大阪)らが卒業し、迎えたシーズン。前期11試合でわずか1勝と苦境に陥り、残留争いに身を置くこととなった。それでも何とか盛り返し、サバイバルの決着は最終節へ。引き分け以上で1部残留が決まる状況だったが、中央大学に1-2と敗れた。1-1で迎えた後半アディショナルタイムに痛恨の失点を喫し、11位に転落。今や日本代表に名を連ねるまでになったDF車屋紳太郎(現・川崎フロンターレ)やDF三丸拡(現・サガン鳥栖)、DF早川史哉(現・アルビレックス新潟)らを擁していたチームだが、同校史上初の2部降格という屈辱と向き合うこととなった。
それから3年。小井土監督の下、筑波大は2015年に2部リーグ2位に入って1部復帰を果たすと、昨季はインカレ(全日本大学サッカー選手権大会)を制覇。そして今季、関東大学リーグ1部で“史上最強”の称号を手にするに至った。逞しく、そして目覚ましい進化を遂げてきたチームを支えてきたものとは――。
「守備をベースに、そこから良い攻撃を仕掛けるというスタイルを徹底できた。やるべきことが整理されて、選手たちが成長してチームが強くなった。今日の試合に代表されるように、やるべきことをやれば流れが来るし、やらなければ勝利を手放すことになる。やるべきことを考えたうえでの意思統一やコミュニケーションを取れるようになった。サッカーの理解と個々の人間的な成長だと思う」
指揮官が繰り返すのは「やるべきこと」と「徹底」というフレーズ。そして冒頭のコメントにある「チーム内での激しい競争」だ。ポジション争いを勝ち抜いてピッチに立つことの責任と自覚がもたらす「状況判断の徹底」が、強さの源泉と言えるだろう。例えば、前線の定位置争い。今季、リーグ記録に並ぶ20得点を挙げたFW中野誠也(4年/ジュビロ磐田加入内定)がチームをけん引する一方、主将FW北川柊斗(4年/モンテディオ山形加入内定)はベンチスタートの日々を過ごした。「キャプテンである北川も、展開によっては試合に出られない。喜んでいる選手がいる反面、悔しい思いをした選手も多いのがこのチーム」と小井土監督は言う。Jクラブ内定選手といえども、先発メンバーに名を連ねることができないほどの高水準で繰り広げられる切磋琢磨を経て、選手たちは日々着々と進化を遂げてきたのだった。
エースの中野は3年前、ルーキーながら定位置を掴み、しかし2部降格の屈辱を味わった。「当時との比較は難しいけど…」と言いつつ、「“今、やるべきこと”について、全員が同じ方向を向いてプレーできている。耐える時間帯に引く、攻撃に出る時にプレスをかける、そういう意思統一ができていることが成長だと思う」と胸を張った。今季は天皇杯でJクラブを相手に3連勝を遂げる躍進もあった。「本当にいろいろな経験をしているし、実戦での経験が成長につながっている」と、突き進んできた道のりを振り返っていた。
“関東史上最強”の称号を手に、筑波大は今季最後のタイトルへ挑む。見据える先は、インカレ連覇だ。中野は「プレッシャーは感じていない」と、リーグ戦と同じ姿勢を貫くことを強調。「本当の強さが試される大会。獲ってやるという気持ちが強い」と意欲を示した。関東1部の最優秀選手賞(MVP)に輝いたMF戸嶋祥郎(4年/アルビレックス新潟加入内定)は「今季はカップ戦で結果を残せていない。王者として見られるだろうけど、チャレンジャーとして挑みたい」と抱負を語った。インカレは12月13日に開幕を迎える。“関東史上最強”王者・筑波大の戦いに注目だ。
取材・文=内藤悠史