文・写真=安藤隆人
野田裕喜がいない、一美和成もいない。
今年の大津が誇る、攻守の2枚看板がU-18日本代表選出により(野田はケガのため辞退)、和倉ユースには参加をしなかった。2枚看板を欠くチームの中で、存在感を発揮したのが、ボランチの河原創だった。
入学時からその能力の高さを買われ、出場機会を得てきた彼は、昨年は主軸の一人として活躍。今年も欠かせない存在として、周りの期待も高かった。
しかし、その一方で、「能力はあるけど、わがままな一面もあって、自分の感覚だけでプレーしていることが多かった」と、古賀監督が語ったように、まだまだ選手としての成長が必要な選手だった。
この一因として、2枚看板の存在が大きかった。この2人は1年の時から彼以上に注目を集め、最高学年となった今年は攻守の柱となり、注目度も1年の頃と段違いに高くなっている。一美が攻撃の、野田が守備の柱になり、彼らがリーダーシップを発揮。「あの2人が後ろと前にいて、何となくプレーしてもごまかしてしまっていた」(古賀監督)状態だった。
しかし、2人がいない今大会では、彼が攻守の要として、チームの柱にならなければいけなかった。元々才能はチームの柱になってもいいくらいのモノは持っていた。彼に必要だったのは、それを引き出す「自覚」だった。
2人がいないことはこれまでもあったが、ここまでハイレベルで連日連戦が続く、和倉ユースという大会で、2人がいない状況に置かれたことで、彼に必要だった「自覚」が生まれることとなった。
初戦から中盤の底で全体を見渡し、抜群のポジショニングでバランスを取ると、球際では誰よりも激しく寄せ、奪ったらアタッカー陣にテンポ良くボールを配る。目を見張ったのがセカンドボールへの対応だ。どの試合も集中力を切らすことなく、素早い出足でイーブンボールを収めたり、時には激しくぶつかり合って強引にマイボールにしたりと、気迫のこもったプレーを見せた。
「彼はこのチームの心臓なので、『お前がしっかりしないといけない』と言って、この大会に臨ませたんです」と古賀監督が目を細めたように、頼る存在がおらず、頼られる存在になったことで、彼の意識の変化がプレーに現れた。
実は決勝前から、大津が勝利をしたら、河原についてコラムを書こうと思っていた。実際にFC東京U-18との決勝戦を見て、この判断は正しかったと確信した。それほど、決勝での彼のプレーは素晴らしかった。アンカー気味のポジションで全体のバランスを取ったからこそ、1トップの原岡翼、秋永蓮斗、河田健太郎、杉山直宏の1.5列目が、よりゴールに近い位置で前を向いてプレーすることができた。彼らが前線からハイプレスを仕掛け、そこから漏れてきたボールや選手を河原が寄せて抑え、再び攻撃へと結びつけた。だからこそ、中盤でイニシアチブを握り、分厚い攻撃を展開する事ができた。
決勝を1-0で制し、優勝をつかんだ大津。決勝まで勝ち進み、FC東京U-18の2連覇を阻んで栄冠を手にすることができたのは、彼の中で芽生えた「自覚」によるものが大きかったと言っても過言ではない。