2014.02.05

「俺たちの映画『サントス〜美しきブラジリアン・サッカー』」――中村慎太郎

 2011年に産声を上げ、サッカーファン、映画ファンから熱い支持を集めてきた「ヨコハマ・フットボール映画祭」。今年も2月8日(土)〜11日(火/祝)の4日間で世界のサッカー映画の珠玉の作品か9作品を一挙上映! そこでサッカーキングでは映画祭の開催を記念し、豪華執筆陣による各9作品の映画評を順次ご紹介。今回は「Jリーグを初観戦した結果、思わぬことになった。」という記事がサッカーファンの間で大きな話題となった中村慎太郎さんよりブラジル屈指の名門サントスを追ったドキュメンタリー『サントス〜美しきブラジリアン・サッカー』の映画評をご寄稿いただきました。

サントス〜美しきブラジリアン・サッカー

「俺たちの映画『サントス〜美しきブラジリアン・サッカー』」中村慎太郎

 サントスFCというチームはご存じだろうか。1912年に、あのタイタニック号の建造されたのとほぼ同時に創設されたクラブだ。約100年の歴史を誇り、ペレやロビーニョが所属していたチームであり、最近ではネイマールを擁してクラブワールドカップにも出場した。『サントス〜美しきブラジリアン・サッカー』は、サンパウロから70km先の小さな港湾都市にある名門クラブの足跡を、丁寧に描写したドキュメンタリー映画である。

 映画は、サントスサポーターの応援歌からスタートする。広い倉庫のような場所に白のユニフォームを着たサポーターが集まってくる。何のシーンであるかは、この時点では説明がない。

 「これだけ集まったからには勝つだけだ。さあ応援歌を歌おう」

 リーダー格らしい男が叫ぶ。そして、手を叩き始める。すると、そのリズムに合わせて応援の歌が響き始めた。

 「サントス!」

 歌のメロディはそのままに、スタジアムへとシーンが変わる。熱狂するサポーター達が映し出される。太鼓の音がスタジアムに響き渡り、サポーター達は大声で歌う。跳びはね、手を振り上げる。興奮のあまりユニフォームを脱いでグルグル回し始める者もいる。この応援歌の特徴は、テンポが非常に速いことと、歌詞に溢れんばかりのクラブ愛が込められていることだ。

 「俺たちはサントスサポーター 心はクラブとともにある 
 クラブとともに笑い ともに涙を流す
 風にはためくフラッグは 栄光の歴史で染まっている
 クラブと運命をともにする 俺たちだけが持てる誇り
 気高く情熱的なプレー それがサントスのサッカー
 どんな運命が……」

 この冒頭のシーンを観た時にすぐにわかった。これは、「俺たちの映画」だ、と。描かれているのは遠い異境に住む理解しがたい風習を持つ人々ではない。我々が日本のクラブを愛しているのと同じように、サントスFCというクラブを愛している人々が描かれているのだ。地球の裏側のリーグも、Jリーグのクラブも同じなのだ。サッカーの世界的な広がりを感じた。冒頭のシーンは凄くいい。最高だ。

 この映画で描かれているのはサントスFCの歴史だが、それは同時にサポーターがチームを愛してきた歴史でもある。何点差で勝ったとか負けたとか、そういうオフィシャルな歴史があるのと同時に、サポーター達がその結果をどう感じてきたのかも大切な歴史要素なのだ。オフィシャルな歴史を紡ぐのは、資料や証人さえ残っていれば決して難しいことではない。一方で、サポーター達が感じてきたことを紡ぐのはなかなか骨の折れる作業だろうと思う。

 第一に、サポーター全員が同じ事を考えているわけではない。この映画でも、老若男女、様々な職業を持つサポーターが登場し、その意見は微妙に異なっている。同じ応援歌が好きとは限らないし、チームカラーの白に対して「清らかさ」を感じる人もいれば、「情熱」を感じる人もいるようだ。また、サポーターの感じたことを紡ぐと言っても、サポーター自身が自分の感覚を言葉に直せるとは限らない。映画の中でもこんな言葉が紹介されている。

 「応援している時の気持ちは説明しがたいわ」
 「言葉にできない不思議な感情だ」
 「とにかく俺にはサントスだけなんだ」

 『サントス〜美しきブラジリアン・サッカー』は、言葉にならない複雑な気持ち、溢れ出る濃厚な愛情をスケッチした作品である。他のクラブのサポーターでもこういった感覚が理解できる人は多いのではないだろうか。スタジアムに行くことが大好きだし、自分の愛するチームのことが何よりも大切だ、世界最高のクラブだ、と。しかし、何故そう考えるのかを問い詰められた時に、うまく答えられるとは限らない。クラブに対する複雑な愛情は、ブラジルも日本も同じなのだ。

 一方で、日本とは異なる部分もあることに気付いた。冒頭の応援歌が非常に難しいのだ。「アレ」とか「バモ」とか「フォルツァ」のような覚えやすいフレーズはなくて、全ての歌詞を覚えていなければ歌えない。しかも、尋常ではなくテンポが速いので、初心者では参加することができないだろう。日本のスタジアムでこんなに難しい応援歌が歌われることはそうそうないだろう。

 これには文化的な相違も関係しているのかもしれないが、もしかしたら100年の歴史の成果なのかもしれない。Jリーグとは80年以上も差があるのだ。初心者は非常に少なく、いたとしても懇切丁寧に案内してもらえるのだろう。あるサポーターの言葉が紹介されていた。

 「サントスの歴史は父親に教わった」

 箸の持ち方や礼儀作法を教わるように、サントスの応援歌を教わって育ってきた人がたくさんいるということだ。日本でもこういうことはあるだろうが、まだレアケースと言っていいのではないだろうか。これから起こっていくことだろう。

 この映画の大きな見所として、ネイマール時代のサクセスストーリーがある。映し出されるスタジアムの雰囲気が実に素晴らしい。ブラジル人がいかに熱狂的であるかを知ることができる。発煙筒の煙に消えるスタンドと何発も打ち上がる花火の中で試合が始まるシーンは圧巻だった。80年後、俺たちのJリーグはこうなっているのだろうか。あるいは、全く違うものになるのだろうか。そんな思いを馳せながら何度も見直したくなる作品だった。

【プロフィール】
中村慎太郎(なかむら・しんたろう)
1981年5月、東京に生まれる。偏差値30からの東大受験を経て、東大文学部卒。その後、大学院は理系の研究科(大学院)に進学。第一子の誕生を機に4年の研究生活を終えて文筆業に入る。サッカーの観戦歴は非常に浅く、2013年10月にJリーグを初観戦した。その時の感想記事を主催するブログ「はとのす」(http://shintaro-hato.com/)に書いた結果、いつの間にかJリーグファンになってしまった。

『サントス〜美しきブラジリアン・サッカー』
(ブラジル/ドキュメンタリー/97分/2012年制作)
上映:2月9日(日)20:05~
監督・脚本:リナ・シャミエ
出演:ペレ/ホビーニョ/ネイマール/ガンソ
提供:ブラジル映画祭

【ヨコハマ・フットボール映画祭2014について】

世界の優れたサッカー映画を集めて、2014年も横浜のブリリア ショートショート シアター(みなとみらい線新高島駅/みなとみらい駅)にて2月8日(土)・9日(日)・10日(月)・11日(火/祝)に開催! 詳細は公式サイト(http://yfff.jp)にて。

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