選手と同じような気持ちで成長したい
「すいません。お待たせしました」
背後から、驚かせるわけでもなく、だがアスリートとしての存在をまだまだ感じさせる雰囲気をまとい、姿を現した。高円宮杯U-18サッカーリーグ2012 プレミアリーグEASTの三菱養和SCユース戦を終えたばかり。シャワーも浴びずに来てくれたのだろうか。ジャージ姿のままだ。
2011シーズンをもって、自身が育った東京ヴェルディで17年間の現役生活を終えた。2012シーズンより、同クラブユースチームのコーチとして新たな一歩を踏み出している。
第二のサッカー人生を送り始めた菅原智(すがわらとも)氏の、指導者としての1年目。どんな意識を持って臨んでいたのだろう。
「僕も指導者として1年目で、一応選手たちと指導者ということで立場的には違いますけども、自分の中では選手と同じような気持ちで、成長したい。たくさんのものを吸収して、進化していきたいです」
自身、育成時代に様々な指導者に出会えたという。なかでも、中学1年生からプレーし始めたヴェルディ(当時は読売クラブ)の育成組織での日々や出会いは大きな刺激だった。プロの選手が必死に練習に励み、試合で汗を流している。プロが真剣にボールを追う横で、練習や試合を間近に感じながらトレーニングできるという今までとは全く違う環境。ユースのカテゴリーに上がると、当時読売ユースの監督であった川勝良一氏(ヴェルディ前監督)や、コーチの森栄次氏(ヴェルディジュニアユース現監督)が、同じピッチで一緒にゲームをしてくれることもあった。一流の指導者とボールを追い掛ける中でたくさんのものを学んだ。
「本当にプロを意識し始めたというか、そういう出会いだったんじゃないかなって思いますね」
育成時代の出会いがもたらしたものはサッカーだけにとどまらない。普段話している内容からも様々なことを感じることができ、大きな影響を受けたという。十代の頃に感じた経験をもとに、現在は、人間としても成長し、一人前になってもらうことを常に意識して指導にあたっている。自身の少年時代を振り返り、次のように語った。
「僕自身は決してうまくなかったし、どうやったらもっとうまくなれるかとか、どうやったらうまい集団の中に入って行っても自分が生きていけるかというのを、いつも考えながらやってたと思うんですよね。あきらめないで、どんなトレーニングでも、どんな試合でも、100%出し切る。それでまたいろいろ気づくことがあったりとか、自信になったりとかするんです」
今の子供たちは、技術面も体力面も昔と比べて格段にレベルが上がっているという。おそらく要求される水準も比べものにならないくらい上がっているだろう。育成年代でも成長を促すための様々な指導方法や伝え方がある。「個を伸ばすべき」と考える指導者もいれば、「組織の意識を強めるべき」と見なすコーチもいるだろう。菅原氏自身は、育成の段階ではどちらを伸ばして行くべきと考えているのだろうか。
「クラブのフィロソフィーがあったりとか、個人の考え方があったりとかそれぞれだと思うんですよね。もちろん個は伸ばす必要があると思いますし、各々のストロングポイントを残したまま成長していってもらいたい。でも、やっぱり『組織の中での一人』というベースがあって、その中でそれぞれの良いところを伸ばしていったほうがいいんじゃないかなと思っています」
恵まれた環境だからこそ、サッカー以外の経験を話す
1999シーズンに1年間、ブラジルの名門サントスでプレーした。サッカー王国で、生活するために本当に死にもの狂いでプレーする子供たちをたくさん目の当たりにしてきた。親元を離れ、日々、サッカーのトレーニングに取り組む生活。この環境の違いから、日本の子供たちにも伝えるべきことがあると感じた。
「よく言うじゃないですか、『ハングリー精神』とか。この日本の環境であれば、『ハングリー』っていうのはピンと来ないと思いました。だからこそ今、いつも選手の前で話すことは、オフ・ザ・ピッチの部分の話だったりとか、自分が肌で感じたこと、経験したこと、そういうグラウンド以外の部分のところが多いですね」
グラウンド以外の部分で言えば、コミュニケーションの部分でも日本の子供たちはまだまだ足りないと感じているという。一生懸命伝えても反応が物足りないことが多く、寂しい思いもした。菅原氏自身も、もっと身に付けなければいけないと感じている部分だ。
「やっぱり生き残る選手、人間って、そういう『コミュニケーション』の能力なんかも必要になってくると思います。ピッチの上も、ピッチの外も、共通してることがたくさんあるし、日常生活の考え方がやっぱりグラウンドの上に出るんですよね」
現役時代は、豊富な運動量と的確な読みで相手の攻撃の芽を摘み取る、守備能力の高いボランチとして活躍した。サブが長い時期も経験したが、いつでも試合に出られるよう準備を怠らなかった。そうやって常に全力を尽くし、17年、選手として生きてきた。菅原氏が思い描く指導者像も、実はサッカーに全身全霊を傾け続けた選手時代とさほど変わらないのかもしれない。「決してうまくなかった」自身の少年時代を振り返りながら、新たなサッカー人生の一年間で得た手応えをこう語る。
「全力でやらなかったりとか真剣にサッカーに取り組まないとか、そういうことがあれば可能性っていうのがどんどん狭まっていくと思うんですよね。でも、少なからずこの一年という期間でも、急激に成長した選手とかも出てきていますし、そういうのを目のあたりにしていると少しでも言い続けてきて良かったんだなと思うこともありましたね」
最後に、新米コーチらしく、はにかみながら、しかしはっきりとした口調で語られた言葉も、やはり自身のサッカー人生そのものだった。
「うまくいかない時、苦しい時に、どう向き合うか、どうやって乗り越えようとするのか、その姿勢が大事。どんな時でも、どんな時でも自分の与えられた仕事を100%やりきる。そういう選手、人間になれるよう信じてチャレンジし続ける。その積み重ねが、必ず将来結果につながると思います」
インタビュー・文=大塚正樹(サッカーキング・アカデミー)
プレー写真=山口剛生 人物写真=鉄本 宏(サッカーキング・アカデミー)
●サッカーキング・アカデミー「編集・ライター科」の受講生がインタビューと原稿執筆を、「カメラマン科」の受講生が撮影を担当しました。
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