サッカーの新しい見方を提供したい 松岡祐司(東京中日スポーツ報道部)

 もっとサッカーの魅力を伝えたい。
 その気持ちが「サッカーの新しい見方を提供したい」という言葉に込められている。

 松岡祐司(まつおかゆうじ)は『東京中日スポーツ』の新聞記者である。1999年、中日新聞社に入社。サッカー担当になった2007年からFC東京に密着し、現在は主に日本代表を担当している。

 松岡は『目撃者』というタイトルでコラム記事を書いている。それも本人の顔写真付きである。スポーツ新聞で顔写真付き記事が見られるのはほとんどが著名な解説者で、記者が顔写真付きで私見を展開するのは珍しい。客観的な記事が基本の新聞にあって、主観的な記事でオリジナリティを出す意味についてこう語る。

 「淡々と事実だけを書く原稿にも良い部分がある。ただ、読んでいる人が引き込まれるような躍動感のある記事があったほうがいい。記事の書き方の形にとらわれないで、自分が見て思ったことを表現する場があればいいなと思うんです」

 ニュースとして読者に伝えられる情報は取材してきた内容のほんの一握り。まだまだサッカーを伝えきれていないという思いが松岡にはある。「淡々と事実だけ書く原稿にも良い部分がある」と語るように、日本の新聞は客観的な事実だけを記す手法で書かれやすい。Jリーグを始めとした試合結果の記事は決まったパターンになりやがちだ。例えば、最初に試合経過、次にゴールシーンの描写、活躍した選手と監督のコメント、注目選手の好きな食べ物や家族の話に触れたエピソード……というようなスタイルになっている。

 起こった出来事を定型的に書き連ねるのではなく、一記者であっても独自の視点を提示しているのは新聞以外のメディアを意識してのことだ。

 「ネットや動画もあるから試合結果を知っている人が多い。一夜明けて朝読むものとしてはもうちょっと中身がある、そこで見ていた人でも分からないようなことを伝えたいんです」

 夜に試合がある場合、結果は試合後すぐにテレビやネットで確認できる。新聞が読者の手に届くのは朝になってからで、情報の鮮度は落ちる。新聞で試合の記事を読んでもらうには単なる情報以上の視点が必要となってくる。

 さらに、日本代表に関する記事は別の理由で他紙と同じような内容になりやすいと言う。異なる角度から独自性を出す意味は他にもある。

 「最近、代表選手は日本にいないから取材が出来ないんですよね。代表戦のために日本に帰ってきて練習して試合してというスケジュールだとなかなかまとまって取材する機会がないんです。他紙と同じような取材になりやすいので、横並びのニュースになりやすいんですよ」

 「スポーツ紙の中でもシェアが高くない新聞は他紙と同じことをしていては意味がないから」と付け加えながら主観的な記事の重要性を話してくれた。単に事実を記すのではなく、自身の視点を打ち出したからこそ読み手側に事実の「裏側」を伝えられた瞬間があった。松岡はすぐに記憶を呼び覚ます。

 「U-22の代表戦でクウェートに行った時に、気温が50℃近くあって。暑いってメディアでも書くし選手たちも言うんだけど、実は湿度が20%もなくて、暑さよりも湿度のなさが大変だったんですよ。それは現地で観戦している人も知らない。選手自身も低い湿度の中で試合した経験がないからどうして体力が消耗するのか分からないという話があったんです」

 事実描写だけで終わってしまうこともあるメディアの報道姿勢にやや首を傾げる。では、松岡は読み手にとって価値のあるメディアとはどういうものだと考えているのだろうか。

 「人によって違う見方があるっていうのが当たり前で、すべてを客観的に見ることはあり得ないし、読んでいる人も単なる事実描写だけの記事を求めていない部分も多いと思う。サッカーの新しい見方を提供したいし、他のメディアにはない情報がたくさんあってこそ、読む価値のあるメディアだと思うんですよ」

 主観的な記事だからこそこんな書き方もあると意欲的に話してくれる。選手のバックグラウンドを掘り下げる取材でも自身の感覚を大切にする。

 「ワールドカップに出場する選手には、関わった人たちがたくさんいる。そういう周囲の人たちの話をたくさん聞いて、その選手の本当の実像をしっかり伝えたいんです」

 日本が次のW杯に出場する時、大舞台に立つ選手はどんな人間なのか。W杯までの長い道のりをどのように歩んできたのか。ピッチ上でのプレーや試合後のコメントからでは分からない選手の素顔に迫りたいのだという。

 「あの1プレーのどこが難しいのか、その1プレーに何が詰まっているのか。そんな専門的な部分にもフォーカスを当ててみたい」。メディアがサッカー文化を支える未来についても語ってくれた

 「サッカーの新しい見方を提供したい」という思いは、記者席で試合を取材する際にも持ち続けている。誰がゴールを決めたのか、誰がアシストしたのかといった事実だけではなく、得点に関係ない場面でさえ素晴らしいと思えたプレーを伝えたい。それが松岡の思いだ。

 松岡はまっすぐにスタジアムを見つめる。その視線の先にはメディアがサッカー文化を支える未来が映っているのかもしれない。ピッチを走る選手の一つ一つのプレーに称賛の拍手がスタンドから起こり、細かなプレーの質が分かるサッカーファンの小脇にはスポーツ新聞が挟まれている、そんな未来が。

インタビュー・文=田中秀明(サッカーキング・アカデミー
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