「自分がサッカーを教えているのかな?と思う時もありますね」
東京ヴェルディのスクールでサッカーを指導する松本哲男さんは、自身の指導スタンスをそう話す。コーチだが指導をしない。その心を訊いてみると、こういうことだった。
「どう練習するか、目標をどうしていこうかという過程で、子供たちと競り合うようなイメージで。自分が楽しむことができれば子供たちも楽しいんじゃないかなと。そこにはすごくやりがいを感じています」
松本さんの指導の根底にあるのは楽しむこと。世界的なスター選手にも、「サッカー少年」だった時期は確実に存在する。松本さんも例外ではない。
ジーコに憧れ、サッカーを楽しむ
松本さんがサッカーを始めたのは小学校に入学した時。近所に住んでいたお兄さんがサッカーをやっていたことがきっかけだったそうだ。そんな松本少年はジーコに憧れた。1981年に行われたトヨタカップで、フラメンゴのメンバーとして来日した際に見せたプレーは衝撃的だったという。
「空いているスペースに向けてポンと蹴り、走り込んでシュートする。そんな攻撃は見たことがなかったです」
当時のポジションはジーコと同じMF。憧れの選手のプレーをまねしていたそうだ。松本さんは当時のことをしみじみと語る。
「今の子がメッシに憧れるようなものです。自分も『黄色いペレ』と呼ばれるようになりたくてサッカーをやっていましたね」
そんな折、読売クラブの関係者と知り合いだったコーチからセレクションを薦められ、受験して合格する。当時は「入れてうれしい」という気持ちだけだったというが、競争を勝ち上がっていく中で、次第に「レギュラーでいたい」という気持ちも強くなったそうだ。
競争は激しかったが、チームの雰囲気は明るかったという。練習後もチームメートの大半が居残りで練習をしているので、松本さんも夜遅くまでサッカーに打ち込んだ。笑いながら楽しくサッカーができる環境。だからこそ大学に進学してサッカー部に入り、体育会系と呼ばれる世界を肌で感じ、大きなカルチャーショックを受けたという。
「自分の『普通』が普通じゃないんです。でも、一緒に生活をしていると『こういう考えもあるのか』と考えられるようになりましたね。お互いを理解し合うようになり、強い絆ができたように思います」
大学卒業後はプリマハムに入団。後に水戸ホーリーホックへと移籍し、1999年に現役を引退した。その後はしばらくサッカーから距離を置き、調理師の道へと進む。
当時、松本さんはこのままサッカーから離れていくのが嫌だったという。
「ヴェルディでは毎年、蹴り納めを行うのですが、その時に強化部の方に『何かできることはないかな』と訊いてみたんです。すると『スクールのアシスタントなら空いているかも』と言っていただいたので、お願いしたんです」
それが松本コーチの出発点だった。
「サッカーがうまくなっている気がする」
「最初は子供たちとの接し方が分からなかったんです」
指導者としての経験が全くなかった松本さん。アシスタントとはいえ、ただサッカーを教えればいいのではなく、どう伝えればサッカーを好きになってくれるのか。それが全く分からなかったという。
「でも、そのことが苦労だとは思わなかったですね」
松本さんはそう言い切る。だからこそ、子供たちとの接し方を探りながら工夫を重ねてきた。決してやり方を押し付けることはしない。一緒に悩み、一緒にサッカーをする。そこにやりがいを感じているそうだ。
「サッカーがうまくなっている気がするんですよ」
そう話す笑顔には、サッカーが大好きで夜遅くまで打ち込んでいた、かつての松本青年が重なって見えた。
「卒業の際に親御さんや生徒に『ありがとうございました』と言われたり、『こんなことできるようになったよ』と見せに来てくれたりすると、うれしくなりますね」
一緒に悩み、そして楽しむ。だからこそ感謝の言葉をかけてもらい、できることを見せてくれるとうれしさも特別なものとなるのだろう。
教えるよりも一緒に楽しむ
一緒になって楽しむという、松本さんのスタンスは一切変わらない。興味を示してほしければ、自分が楽しむ。教えるというより、楽しいから一緒にやろうよ、と誘っているような感覚。それこそが、子どもたちから興味を引き出すカギとなっているのだろう。
「『松本ってこうだよね』という色を出していきたいですね」
今後、指導者としてどうありたいかを聞いた時、松本さんはそう答えてくれた。一緒になって楽しむこと。それが『松本色』なのではないだろうか。
松本さんは最後に、子供にサッカーを始めさせようと思っている親御さんにこのようなメッセージを残してくれた。
「公園でお父さんが子供とボールを蹴っていて、子供に『おい、どこに蹴ってんだよ!』と言って子供がふてくされているところをよく見るんですよ。指導というよりも『一緒に体を動かそうよ』という感覚で楽しんでいただけたらいいのかなと思います。サッカーが上手にプレーできない時期というのはほんのわずかなので、その時期を楽しんでほしいですね」
インタビュー・文=金子周平(サッカーキング・アカデミー)
写真=梅月智史(サッカーキング・アカデミー)
●サッカーキング・アカデミー「編集・ライター科」の受講生がインタビューと原稿執筆を、「カメラマン科」の受講生が撮影を担当しました。
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