文・写真 = 清水英斗
ブラインドサッカーとは何か
ブラインドサッカーB1クラス(全盲)の日本代表は、12月4日から10日にかけて、フランスのパリ、イタリアのサンレモを訪れる欧州遠征を行った。
来年2014年は、ブラインドサッカー日本代表にとって大切な1年になる。10月には2016年リオデジャネイロ・パラリンピックへの初出場を目指し、その予選とみられるアジアパラ競技大会に参戦する(※)。さらに11月には、史上初の日本ホームとなるブラインドサッカー世界選手権が渋谷で開催。今回の欧州遠征はそれらのビッグイベントを見据え、日本代表の強化を図るために組まれたものだ。
※今のところ、リオデジャネイロ・パラリンピックの出場条件は発表されていないが、過去の例を踏まえると、10月のアジアパラ競技大会が予選の扱いになる可能性が高い。日本代表はそれを想定し、準備をすすめている。
最近、筆者は『ブラインドサッカー』というスポーツが気になって仕方がない。
ブラインドサッカーは、シンプルに言えば、視覚を遮られた状態でプレーするフットサルだ。全盲(B1)と弱視(B2/B3)の2つに分かれており、B1クラスではフィールドプレーヤー4人全員が全盲で、国内ルールでは弱視や晴眼者(目の見える人)も、アイパッチを使って視覚を閉じることで一緒にプレーできる。当然、目を使えないぶん、通常のサッカーやフットサルよりも遥かにボールコントロールは難しい。
昨年のことだ。ブラインドサッカーB1クラス(全盲)で日本代表のキャプテンを務める落合啓士が、宮城県のある小学校でドリブルのお手本を見せたところ、子どもたちからはこんな声が上がった。
「ウソだ! あれ絶対、見えてるよ!」
落合のドリブルは、両足のインサイドを使い、常に足元からボールが離れないように交互に細かいタッチを刻んでいく。ともすれば晴眼者よりもスムーズで、とても目を使っていないとは思えないスピードだ。そのテクニックには誰もが驚かされる。「本当に目が見えていないの?」と子どもたちが疑いたくなるのも無理はない。
ところがその後、興奮した子どもたちから「ワーッ!!」と歓声が上がると、落合はコントロールに失敗し、ボールを見失ってしまった。いったい何が起きたのか?
つまり、ブラインドサッカーのボールには鈴のようなものが内蔵されており、その鈴が「シャカシャカ」と鳴る音を頼りに気配を感じ取り、落合はボールを扱っている。そのため、大きな歓声が上がると、鈴の音がかき消され、ボールの位置を捉えづらくなってしまうのである。それほど、繊細な感覚が求められるスポーツと言える。
日本代表の落合でさえも「集中を欠くとボールの位置がわからなくなる」と語るほど、ブラインドサッカーにはハイレベルの集中力が求められる。また、球際の競り合いもかなり激しく、ともすればサッカー以上に激しいボールの奪い合いもしばしば発生している。
少し前の日本サッカー界では、ザッケローニ監督の発言をきっかけに『インテンシティー』(プレー強度、集中力)の重要性が話題になったが、そういう意味では、ブラインドサッカーは究極のハイ・インテンシティーが求められるスポーツだろう。なにせ集中を欠いてしまえば、ボールを捉えられず、ゲーム自体が成立しないのだから。
また、ブラインドサッカーは、コミュニケーション・スポーツとしての側面も大きい。
ピッチ内の選手は、ゴールの位置、相手の位置、そして戦術的な動きなどを、晴眼者であるGK、監督、コーラーなどから指示を受けてプレーする。シュートを打つときに「(ゴールまで)○メートル!(角度は)○!」といったコーラーの指示を聞き、それを元に選手は脳内にイメージをふくらませる。周囲のコーチングが目となり、選手はさまざまな情報を吸収してサッカーをする。
当然、指示を受けるフィールドプレーヤーと、指示を出すコーチらの間には、完璧な信頼関係が不可欠だ。そしてコミュニケーションの手法は、明らかで、簡潔で、正確でなければならない。視覚を閉じられた世界では、今まで“なあなあ”で済ませていたことでも、一切のごまかしが利かない。普通のスポーツ以上に意見を出し合い、話し合い、共通理解を作り上げる必要がある。それはハイレベルのコミュニケーションが要求される、究極のチームスポーツとも言えるだろう。
たとえば日本の少年サッカーでは、子ども同士が活発に指示を出し合うようなシーンが少なく、大人のコーチの声ばかりが響くような様子が多いと聞く。しかし、ブラインドサッカーはそのコミュニケーションの重要性がより高い。レベルの高いチームになるためには、外せない要素と言える。
コミュニケーションを取ることで、何ができるようになるのか。声の大切さ、味方を信じることの尊さを教えてくれるブラインドサッカーは、最近では少年サッカーの指導のみならず、企業のオリエンテーションなどにも導入されるなど、さまざまな舞台に活躍を広げているそうだ。
そんなこんなで、多角的に興味を引きつけてやまない、ブラインドサッカー。一度の観戦をきっかけにその魅力にハマる人も少なくない。筆者もそのひとりだ。
前置きが長くなってしまったが、今回、そのブラインドサッカー日本代表が欧州遠征を行うと聞き、現地パリへ取材に行ってきた。この遠征の目的は何だったのか? そして日本が目指すブラインドサッカーの形とは、どんなものなのか? お伝えしたいと思う。
情熱と努力でこぎ着けた初の“強化”遠征
実はブラインドサッカー日本代表が、“強化”を目的とした海外遠征に出かけるのは、今回が初めての試みになるそうだ。
日本ブラインドサッカー協会(JBFA)は、この遠征について以前から計画を練ってきた。過去には世界選手権などの公式大会に出場するときも、移動や滞在などの費用は7〜8割を選手自身が自己負担する状況だった。しかし、今回の遠征ではスポンサーなどの協力を得て、選手負担の割合を、大幅に減らすことに成功したそうだ。
これも選手たちの努力と、運営に携わってきた人たちの情熱、そして、ブラインドサッカーの社会的な影響力が広まりつつある証拠と言えるのではないだろうか。
そのような背景があり、実施された今回の欧州遠征。最大の目的は、昨年のロンドンパラリンピックで銀メダルに輝いたフランス代表との対戦経験を積むことだ。6日の練習試合、そして7日の親善試合を通じて、日本は何を目指して戦ったのか? 日本代表を率いる魚住稿監督は、練習試合を前に次のように語ってくれた。
「今まで国内ではブラジル、アジア選手権では中国と対戦し、世界の強豪国を相手に経験を積みました。フランスは前回のパラリンピックで銀メダルだったので、世界2位のフランスを相手に、今、日本がテーマにしているディフェンス力がどれだけ通じるのか。それを試してみたいところですね」
日本のストロングポイントは、組織的なディフェンス力だ。得点力という部分で潜在的な課題を抱える日本ではあるが、まずは土台をしっかり固め、世界の強豪と互角に戦うことが重要になる。
すでに今年3月、世界最強のブラジル代表と『さいたま市ノーマライゼーションカップ』で対戦した日本。1-2と惜敗するも、積み上げたチームディフェンスが強豪にも通用することを実感した。さらに5月のアジア選手権決勝では、PK戦の末に敗れたものの、アジア最強である中国を0点に抑え、こちらも着実に手応えを得ている。
力強いドリブルを特徴とするブラジルや中国を相手に経験を積んだ日本。しかし、今回のフランスはそれらの国とは異なるスタイルを持っている。フランスの印象について、魚住監督は次のように語っている。
「一つ一つのプレーが正確で、ミスがすごく少ない。派手さはないですが、攻撃がシュートで終わるとか、自分たちのプレーで終わるなど、確実にレベルが高い。ブラジルは派手さがあり、スター選手もいますが、フランスは全員が一定以上のレベルでそつなくこなせる印象ですね」
果たして、日本のストロングポイントであるディフェンス力はフランスに通じるのか? そしてキャプテンの落合は、アウェー環境への適応も課題に挙げている。
「フランスにも体が大きい選手、足の長い選手がいるけど、僕らはどうしても音と声を聞いて、間合いを測りながら何メートル横を抜けようとか、判断しなければならない。だから、今までと同じ間合いの感覚では、抜けようとしたとき、向こうの長い足が伸びてきて引っかかってしまう。そういうことを試合の中で感じて、どれだけ早く修正できるか。たとえば今は(雨が降って)ウェットなピッチになっているけど、それが夕方のキックオフ時にどれだけ乾いているか。そういう環境に対して、試合の中で順応できるかどうかも重要になると思う」
実は6日に行われたフランスとの練習試合は、硬いコンクリートの屋外ピッチで行われた。そして7日の親善試合は場所を変え、屋内の体育館。視覚を使わないでプレーする彼らにとって、ピッチの質感や音の反響がこれほど変化するのは、かなり難しい環境と言える。また、ブラインドサッカーはタッチライン上に壁があり、跳ね返ったボールもそのままインプレーとなるが、今回は会場によって壁の材質が金属だったり木製だったりと、こちらも日によって大きく変化している。そのようなアウェー環境にどう適応するか。海外遠征ならではのポイントが重要になる。
そして6日、まずは練習試合がキックオフした。
フランスを抑えた組織ディフェンス
練習試合は25分ハーフを戦い、0-0の引き分けに終わった。
正直、フランス代表のブラインドサッカーには驚かされた。「こんなにもパスがつながるのか」と。布陣はフィールドプレーヤーの4人が『Y』の字に配置される形だ。両ウイングの9番と6番がフェンス沿いに広がってポジションを取り、Y字の中央には好守の要となる8番、さらに最後尾にはディフェンスの選手が立つ。
フランスはこの形から中央の8番を中心に、9番と6番へのサイドチェンジなどを頻繁に使いながら攻撃を仕掛けてきた。魚住監督は次のように語る。
「(フランスは)僕が思っていた以上にパスサッカーがつながっていて、トラップの技術とか、細かいドリブル技術は高いものを感じました。我々もパスをつなぐことをテーマにしていますが、フランスの精度の高さにはビックリしましたね。“シャンパンサッカー”というか、A代表と同じようなイメージで、その辺りは国民性があるのかなと思いました」
また、実際にピッチ内でプレーした落合は次のように語る。
「フランスは細かな技術、たとえばトラップからドリブルに入る流れがいい。ドリブルはそんなに速いわけじゃないけど、右に行ったと思ったら、そこから左に切り返したりしてかわされる。日本だったら1、2、3とかかるところを、もっと速くスムーズにやっている」
特にフランスの8番は、足の裏をうまく使い、前後左右さまざまな角度へボールを動かしながら、日本を振り回してプレーしていた。ボディーバランスも安定し、その技術の高さには驚かされた。また、落合は両ウイングの9番や6番が、サイドチェンジから攻撃に入る流れをスムーズに行っていたことにも言及している。
「(フランスは)サイドチェンジからのトラップが速い。そこはある意味、日本と世界の差になるところ。日本はサイドチェンジをしたとしても、そこからゴールに向かうとき、まだもたついてしまう。それは今後、僕らもやっていけばできると思います」
たしかにフランスのトラップは、ただ足元に止めるだけではなく、ファーストタッチとしてのトラップで、素早く日本のゴールに迫っていた。さすがに銀メダルの実力は伊達ではない。
しかし、そのフランスを0-0に抑えられたのは、日本の組織ディフェンスが作用したからに他ならない。日本は両サイドに振られながらも、4人がブロックを作って左右にスライドし、危険なスペースをしっかりと埋め続けた。その結果、0-0というスコアで試合を終えた。魚住監督は何人かの選手名を挙げ、この試合を振り返っている。
「川村怜が終始オフェンスでもディフェンスでも良かったと思います。それから田中章仁と黒田智成は同じクラブチームなので、フリーキックのコミュニケーションがすごく良いところで出ていました。初出場の佐々木ロベルト・イズミも、すごく良いディフェンスをやってくれたので、これで戦術が広がるなと思っています」
高評価を得たMF川村は、次のように試合の感想を語ってくれた。
「全体的にチームの守備からリズムを作っていくという意味では、フランスをゼロに抑えたのは評価できると思います。一人一人が目的をもって役割を果たし、選手が入れ替わっても、声をかけ合って同じ守備ができました。守備に関してはかなり手応えがあります。チームとしての課題は、攻撃に移るときの決定力だったり、攻撃の厚みだったり、そういうところはまだまだですし、個人的にも、もっと攻守において無駄のない動きがしたいなと思います」
今回、残念ながら筆者の取材は、都合により6日の練習試合までとなり、7日の親善試合以降には顔を出すことができなかった。しかし、聞くところによれば、日本は2戦目の親善試合でも、後半終了間際までフランスを0点に抑えることに成功。最後の最後、終盤になって日本はファールの累積による第2PK(ゴールから8メートルの位置でのPK)により失点し、0-1と悔しい敗戦を喫したが、とはいえ、世界2位のフランスを相手に、アウェーでほとんどの時間帯をゼロに抑えたのは、大きな成果と言えるのではないだろうか。
欧州から持ち帰った経験をいかに生かすか
世界2位のフランスに対して2戦を戦い、0-0、0-1と、1分け1敗でパリを後にした魚住ジャパン。その後はイタリアのサンレモへ移動し、イタリア代表4人を含む現地のクラブチームと対戦。ここでは2試合を戦い、1-0、2-0と連勝を飾り、トータル2勝1分け1敗で欧州遠征を終えた。
フランスに比べれば実力的には落ちるイタリアだが、きちんと点を取って勝利を収めた魚住ジャパン。川村が語っていた攻撃面の課題にも、一つの答えを残すことができた。
今回の欧州遠征による経験が、2014年の日本ブラインドサッカーにおいて、どのような意味を持ってくるのだろうか。
筆者はフランスとの練習試合の後、相手のフランスチームの監督にもインタビューをさせて頂いた。そして、そこでは衝撃的な事実を聞かされることに。
「(正直言って、フランスのパスサッカーの巧さには驚かされました。普段どのようなトレーニングを行っているのでしょうか?)これは私の意見ですが、ブラインドサッカーもサッカーと同じです。サッカーをプレーするということは、パスをすること、コントロールをすること、ドリブルをすること。それがテクニックのすべてです。特別なトレーニングはしていません。上手くなるには、たくさん練習をするだけ。私たちは週に5日間の練習をしています。みんな仕事や学校があるので、練習は19時から行います。選手たちは集中して、プロフェッショナルに取り組んできました。それが、私たちが強くなれた理由だと思います」
あまりにもシンプルな答えで、逆に驚かされた。本音を言えば、僕がフランスの監督をインタビューしようと思ったのは、銀メダルを獲ったからには、トレーニングのやり方や、一般社会におけるブラインドサッカーの認識、そういった環境面に秘密があるのではないかと考えたからだ。
ところが、美しいシャンパンサッカーに、秘密のレシピは何もなかった。銀メダルという結果は、極めて地道に、勤勉な毎日を積み重ねてきた結果でしかない。あえて言うなら、それがフランス代表における唯一最大の秘密だった。
あとから聞いた話だが、今回、日本代表の選手団を空港に迎えに来てくれたのは、なんとフランス代表の監督本人だったそうだ。大型車を運転したり、試合中の水を配布してくれたり、そして僕のようなジャーナリストに対応してくれるのも、すべて一人。フランス代表監督だった。決して環境に恵まれているわけではないが、それでも努力して銀メダルにたどり着いたのである。
欧州から経験を持ち帰った魚住ジャパンは、次にどんな試合を見せてくれるのだろうか。2014年はジャパン・ブラインドサッカーの一つの答えにたどり着くのだろうか。
日本代表の選手たちが所属する、各クラブチームでのリーグ戦、また、今後の日本代表の情報はブラインドサッカー協会(JBFA)のホームページから見ることができる。
百聞は一見にしかず。ここまで記事を読んだ方には、ぜひ一度、生のブラインドサッカーを観戦してみることをおすすめしたい。また、「ブラインドサッカーをやってみたい!」という人向けにも、JBFAではイベント等で体験会を行っているそうだ。
気になる方は、ホームページをチェックしてみよう。
http://www.b-soccer.jp/