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帰国して考えたことからヒントを得る
シリア戦を終えて、日本に帰国した権田を待っていたのは、彼が所属するFC東京の沖縄キャンプへの合流だった。権田にとって、五輪代表でのシリア戦のミスを引きずって、いつまでも落ち込んでいる暇などはない。
「僕は、気持ちを切り替えないとならないと思っていました。代表は代表でやらなければならないことがあって、所属クラブは所属クラブでやらなければならないことがある。代表でうまくいかないのをクラブに持ち込んでもダメだし、その逆も言えると思うんです。そこはしっかりと切り替えて挑まないとならない」
沖縄キャンプへ出発するために、荷物をとりに自宅に少しだけ戻る。
「負けちゃったね」と、妻の裕美があえて明るく声を掛ける。
「ああ、負けたよ」
言葉の語尾の音をちょっと高くして権田が答えた。
「あれはさ、インタビューでミスだって言ってたけど、ミスだったの? 普段だったら止められるよね」
なにげなく発せられた妻の一言だった。
「んん、そうだね」と返事をしてから、「普段だったら止められるよね」という言葉に「はっ」とする。
「いや待てよ」と思ってアンマンでの失点した場面を振り返ってみる。「失点に関しては僕のミスだけれど、あの試合はチームとして機能したのかどうかトータルで見てみたらどうなるんだろうか?」という考えが頭をもたげる。権田は、シリア戦前のロッカールームでのミーティングで話された「ノーリスクでいこう!」という監督の言葉に対する、選手たちのそれぞれの反応を思い出していた。
チームの雰囲気を一変させた選手だけのミーティング
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シリアに敗れたU-23日本代表は、2月22日、マレーシアのクアラルンプールでアジア最終予選の第5戦となるU-23マレーシア代表戦との戦いに臨んだ。この試合で日本は、シリアとの得点差を考慮すれば大量得点での勝利が必要となる。
35分に酒井宏樹のゴールで先制すると、前半終了間際にも大迫勇也が今予選初得点を挙げ、2-0で試合を折り返す。後半に入っても攻撃の手を緩めない日本は、55分に酒井のクロスに原口元気が合わせ3点目を奪う。さらにその5分後にも、この日先発で起用された齋藤学が追加点を決め、4対0という大差で快勝を収めた。
ライバルのシリアがバーレーンに敗れたため、日本は4勝1敗の勝ち点12でグループC首位の座を奪い返す。日本は3月14日にホームで行われる最終戦のバーレーン戦で、引き分け以上の結果を残せば5大会連続となる五輪出場が決まる。
権田は、シリア戦での選手それぞれの言葉の意味の受け止め方の違いを教訓にした。
「前の選手と後ろの選手とで、意識が離れたところがあったんだと気づきました。意思統一がなされないまま、後半に入っていったんです。それがチグハグな戦い方になってしまった原因だと思います。だから、マレーシア戦の前にみんなでとことん話すように場を作ってもらったんです」
キャプテンの山村和也が音頭をとって、選手たちだけの話し合いが行われた。
「うちもミドルシュートを積極的に打っていってもいいんじゃないか」と、ある選手が口火を切る。
「ビルドアップの段階でもっとマイボールになる時間を増した方がいい」
その意見に対して別の選手は言葉をかぶせる。
「後ろから蹴って、蹴って、じゃなくてさ。たとえ相手のプレッシャーがきつくても、ボールをもっと繋ぐためにはどうすればいいんだろうか考えようよ」
選手たちは、意思統一が欠けていたシリア戦を踏まえて、いろいろな視点からどんどん意見を出し合った。
「今後、どんなに苦しい状況になっても、バラバラにならないで気持ちを一つにしてやっていこう!」と権田は、チームメイトを前にして最後に言葉を発した。
「マレーシア戦を前に、選手たちが話し合ったことで、一番いい形として現れたのが、バーレーン戦だったと思うんですよ」。
権田は、そう言ってバーレーン戦でのハーフタイム中に話し合われたことを回想する。
ある攻撃側の選手が、大きな声で発言した。
「俺が外に動いたら中にスペースが空くから斜めに中に入ってきてよ」と、同じ攻撃側の選手に伝える。
さらに、別の攻撃側の選手が話す。
「俺がタッチライン沿いに動いたときは、ボールをそのスペースに出してくれていいからさ」と、守備側の選手に話しかけた。
また、ある守備側の選手は、原口元気にこう告げる。
「お前ドリブルがあるんだから、サイドのスペースを俺が空けるように中に入ってプレーするから。お前、空いた外のスペースに入って行っていいよ。もし外に仕かけるだけのスペースがなかったら、ドリブルで中に入って仕かけてもいいから」
原口は、監督の関塚からハーフタイム中にこんな指示をもらう。
「もっと中盤で仕事をして、バイタルエリアに入って行け」
監督の言葉を聞いた原口は、「積極的にどんどんやらなきゃならないな」と再認識する。「簡単にボールをはたいて、チャンスメイクをしていたんですけど、その先にある厳しいところに入って行け、と言われたので、監督の言う通りプレーしたらアシストに繋がったんです」と述べた。
それは、後半14分でのプレーだった。原口のパスから左サイドを抜け出した東慶悟が中央へグラウンダーのクロスを入れる。中央にいた大津には合わなかったが、ファーサイドに走り込んだ清武が右足を一閃。シュートはゴール左上に突き刺さる。日本はこの試合を決めた2点目となる追加点を挙げる。
権田は、攻撃側の選手たちと守備側の選手たちが自主的にそして積極的に話し合っている光景をじっと聞いていた。
「チームが勝つためにどうすればいいのか、という前向きな発言にみんなが変わっていったんです。あの日のロッカールームには、シリア戦の時のように『走ってるんだから出せよ!』と言ったニュアンスを含んだ発言をする選手は誰もいなかった。みんな大人になろうとして、お互いの気持ちを理解しようとしていたんです。はっきり言って、バーレーン戦でのロッカールームの雰囲気は、シリア戦とはまったく違っていたんです」
選手たちの気持ちに変化が見られた中で、権田は、選手たちを鼓舞するように言葉を発してロッカールームを出ようとする。
「守備は今のままでいい。でも、最後まで集中力を切らさないでやり続けないと意味がない。さあ、集中して行こうぜ!」
U-23日本代表は、3月14日、東京の国立競技場でアジア最終予選の第6戦となるU-23バーレーン代表戦に臨んだ。扇原貴宏と清武弘嗣のゴールで2対0と勝利する。この結果、日本はグループC首位を守り、5大会連続9度目の本大会出場を決めたのだった。試合後、関塚は「達成感に浸りたいなというのが今の素直な気持ちです」と喜びを表す。それと同時に、「目標に対して、純粋に競争しながらここまでよくやってくれた」と死力を尽くして戦った選手たちを称賛した。
【BACK NUMBER】
●Episode 2 攻撃側の選手と守備側の選手の乖離
●Episode 1 不協和音はロッカールームから始まった