[ワールドサッカーキング2月号掲載]
主力の大量放出により、開幕前は降格候補にも挙げられていたチームが驚きの快進撃を見せている。この躍進は選手や監督のハードワークはもちろん、クラブのスカウティング能力の賜物だった。
今から半年前の7月下旬、ロナルド・クーマン監督がSNSにある写真を投稿した。「さあ、練習だ!」という意欲的なメッセージとは裏腹に誰もいない練習場の風景。まるでスターたちの一斉退団を嘆いているようなこの一枚の写真は、ファンやメディアの間で大きな話題となった。
チームを8位に導いたマウリシオ・ポチェッティーノ監督は開幕前にトッテナムへ引き抜かれた。リッキー・ランバート、アダム・ララーナ、デヤン・ロヴレンの3人はそろってリヴァプールへ移籍した。有望株のルーク・ショーとカラム・チェンバースはそれぞれマンチェスター・ユナイテッドとアーセナルへ去った。ファンが悲嘆に暮れ、メディアが降格候補に挙げたのも無理はない。
しかし、クラブの内部には外野が感じていたほどの悲壮感はなかった。フットボールダイレクターのレス・リードはいち早くポチェッティーノの後任候補6名をピックアップ。見事にトップターゲットだったクーマンを射止めた。いわく、経験値、若手育成の手腕、プレースタイルと様々な面において、クーマンはクラブの哲学に最も適合する指導者だったそうだ。
ポチェッティーノとクーマンは違う大陸の出身だが、実は似た哲学の持ち主だ。アルゼンチン人の師はマルセロ・ビエルサであり、オランダ人の師はヨハン・クライフ。両者ともにペップ・グアルディオラに最も影響を与えた指導者であり、その源流はいずれも「トータルフットボール」にある。攻撃的なサイドバックの起用、ポゼッションの志向、ハードなプレッシング。このあたりは共通のスタイルである。大まかに“継続路線”と言える方向性が示せたことで、スムーズな政権交代が実現できた。
クーマンがセインツに施したのはマイナーチェンジだ。ボールを扱うトレーニングセッションを増やしてビルドアップの質を高め、同時にハイプレスが代名詞だったポチェッティーノ時代よりも全体のラインを少し下げて後方でブロックを作る守備にシフトした。よりシャープな“一撃必中”の堅守速攻を打ち出し、これが見事にハマった。
開幕戦こそリヴァプールに敗れたが、その後11試合で4連勝が2回、黒星はわずかに1つ。「順位表の写真でも撮っておこうか」。今度はそうつぶやいた指揮官に、もう自虐的な意味を求める人間はいなかった。この時点でサウサンプトンの順位は、チェルシーに次ぐ2番目だった。
好調の中で選手たちは一枚岩の集団となり、どんどん意欲を増していった。新加入のGKフレイザー・フォースターは「こんなに連帯感があるクラブは初めてだ」と証言している。また、ある試合の翌日には、選手たちがオフを返上して練習したいとクラブに懇願したこともあった。指揮官は妻との予定をキャンセルし、教え子たちに付き合ったという。クーマンは「組織」という言葉をよく使うが、それがチーム躍進のカギになっていることは間違いない。
ただ、組織力だけでプレミアリーグの上位を維持することは難しい。加えて重要だったのが、的確な夏の選手補強だ。エースを担っていたランバートの後釜には、フェイエノールト時代にクーマンの下でリーグ戦57試合50ゴールを記録したグラツィアーノ・ペッレが加入。プレミアリーグでもすぐに決定力を発揮しただけでなく、体格を生かしたキープやポストワークでボールの収めどころとしても機能している。9月にはリーグ月間最優秀選手に選ばれ、イタリア代表デビューも果たす活躍ぶりだ。
代役確保が最も難しいと言われたララーナの位置には、昨シーズンのエールディヴィジで16得点14アシストのドゥシャン・タディッチが収まった。アンフィールドでの開幕戦でいきなりバックヒールからアシストを決めると、8-0で大勝したサンダーランド戦ではリーグ史上4人目となる1試合4アシストを達成。クレバーなポジション取りとトリッキーなスキルで新たな攻撃の“頭脳”となった。彼はクーマンが獲得を希望した選手であると同時に、クラブが前々からスカウティングしていた人材でもあった。チーム加入後、すぐに影響力を発揮したことは決して偶然ではないのだ。
エールディヴィジ・コンビの他にも、ショーの退団で失われた左サイドの活力は、経験豊富なライアン・バートランドがカバーしている。トビー・アルデルヴァイレルトは対人能力ではロヴレンに劣るものの、前任者以上のビルドアップ能力で新体制の理想に合致した補強であることを証明した。更に言えば、狡猾に相手の裏を狙うシェーン・ロング、突破力のあるサディオ・マネも攻撃のいいアクセントになっている。守備のバックアッパーに甘んじているフローリン・ガルドシュこそ、存在感は希薄だが、夏の新加入選手は総じて費用対効果が高い。
彼らは皆、サウサンプトンのクラブハウスにある「ブラックボックス」と呼ばれる部屋で獲得候補としてピックアップされた選手たちだ。大きなスクリーンが設置されたこの小さな部屋では、クラブが独自に開発した最先端のコンピュータ・ソフトウェアにより、世界中のどのリーグ、どんなプレーヤーもチェックできるという。就任以来、クーマンもこの部屋に入り浸っているそうだ。
クラブのスカウティング能力の高さ。選手の心をガッチリつかんだ指揮官の手腕。そして期待に答えた“主役”となるべき選手たち。サウサンプトンの躍進は、選手はもちろん、フロントやスタッフも含めた全員が一丸となって手繰り寄せた結果なのだ。