文=小宮良之
「たった一度ミスしただけで、背中に非難の雨を浴びる。その罵声はファンだけが発するものではない。手厳しい監督や心情を理解できないチームメイトだったりすることもある。たとえ言葉にしなくても、態度だけで『おまえが戦犯なんだよ』という気持ちにさせられることもある。ゴールキーパーは孤独を生きている。他の選手たちが理解できない思いを抱えてね」
これはビクトル・バルデスの告白である。GKとしての心情をありのままに表現しているだろう。GKが試合の主役になる瞬間、それはほとんどの場合が、勝利よりも敗北の決定打を与えた場合である。彼らはコインの表側ではなく裏側であって、周囲の無理解を前提に戦わなければならない。これはフットボールが得点を奪い合うスポーツである以上、受け入れざるを得ない宿命とも言える。
バルデスという選手は、GKの中でも誤解されやすいタイプかもしれない。奇抜な髪型やウィンドサーフィンへの執着、突然の退団告白など、“変わり者”というイメージも強いだろう。彼はたしかに異質な一面を持っている。
しかしそうした振る舞いも、彼がGKという職業に向き合うために不可欠なことだった、と私は考える。
「フットボールをやめる、という考えは、自分にとっては自由とほぼ同義だった」
バルデスは自らの幼少期をそう振り返っている。フットボールにある種の苦痛を抱えていたことを 白状する選手はいるが、ここまではっきりと口にするケースは珍しい。実際、彼はフットボールよりもウィンドサーフィンの方に強い興味を持っていたらしく、フットボールに関しては、練習は嫌いではなかったものの、試合は苦しみ以外のなにものでもなかったという。
「ゴールキーパーなどもってのほかだった」
彼は加えて、そう白状する。一歩一歩、カテゴリーを上がってきたが、バルデスはたびたび感じる重圧と責務に押し潰されそうだった。
「もうやめたい」
パーソナルトレーナーのような存在だった父親に相談している。父からはそのたび、もっと高い要求を与えられた。バルデスはなんとかそれに応えてきたが、あまりのプレッシャーに無気力にすらなりそうだったという。
驚くべきことに、18歳になっても「やめたい」という思いは消えず、父親と1対1で話し合い、バルデスは「もうこれ以上プレーを続けたくない」とまで言い切っている。当時、彼はバルサBのレギュラーGKでトップチームの練習に参加し、昇格も決まっていた。通例ならば、プロの世界に夢を馳せている時期だろうが、バルデスはまるでその逆だったのである。
しかし逆説的かもしれないが、フットボールとそうやって真剣に向き合ってきたからこそ、バルデスはバルサで名声を得られたのではないか。
「ゴールキーパーは狂っていないといけない、と関係者の間では語られているね」とバルデスは言う。
「私はそれが正しい表現かどうかは分からない。でも、特別なキャラクターを持っている必要はあるだろうね。特にバルサのゴールキーパーとしてプレーするなら。なぜなら、カンプ・ノウのファンはゴールキーパーのミスはたった一度でも許さないからね。ミスしたゴールキーパーは戦犯として糾弾される、それを承知でピッチに立つわけだから、なるほど狂っていないといけないのかもね」
鳥肌が立ちそうなバルサGK論を彼は口にしている。
(こちらのコラムは書籍「王者への挑戦状 最強フットボーラーなで斬り論」から抜粋しております)
『王者への挑戦状 最強フットボーラーなで斬り論』
東邦出版
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書名:『王者への挑戦状 最強フットボーラーなで斬り論』
著者:ヘスス・スアレス、小宮良之
発売日:2015年3月3日
定価:1500円(本体)+税
発行:東邦出版
■著者プロフィール
ヘスス・スアレス
1959年、ウルグアイ、モンテビデオ生まれ。スペインのガリシア州リーグ1部でプレー。引退後は監督養成学校でフェルナンド・バスケスに学んだ。グアルディオラ、リージョ、マウロ・シルバ、フラン、バレロンらと親交が厚く、地元ラ・コルーニャではラジオでサッカー番組のパーソナリティーを務める。ワールドサッカーダイジェストでは、17年以上に渡りスペインのコラムを担当 。スペクタクル論者として、舌鋒の鋭さが人気。著作に『名将への挑戦状』『英雄への挑戦状』(東邦出版)など。
小宮良之
1972年、横浜市生まれ。大学卒業後にスペインのバルセロナに渡り、スポーツノンフィクションライターとして活動を始める。語学力を駆使してEURO(欧州選手権)、冬季五輪、W杯などを現地取材後、2006年からは日本に拠点を移す。心を通わす人物インタビューに定評がある。主な著書に『アンチ・ドロップアウト』『フットボール・ラブ』『グロリアス・デイズ』(集英社)、『ロスタイムに奇跡を』『導かれし者』(共に角川文庫)、『エル・クラシコ』(河出書房)、『サッカー名将・名選手に学ぶ48の法則』(中公新書ラクレ)『おれは最後に笑う』(東邦出版)など多数。