[Jリーグサッカーキング 2015年7月号掲載]
今シーズンよりFC東京のGMに就任した立石敬之は、これまで培ってきた豊富な経験とグローバルな視野でクラブに変革をもたらそうとしている。FC東京の未来はどこに向かっていくのか。新GMが壮大なクラブビジョンを明かしてくれた。
●インタビュー=岩本義弘
●写真=新井賢一、佐藤博之
※取材は5月上旬に行いました。
今シーズンは勝負の年 何より結果を求めている
―――ここまで順調に勝ち点を伸ばしていますが、まずは今シーズンのチームへの手応えについてお聞かせください。
立石敬之GM(以下、立石) 正直、ここまで積み上げた勝ち点とゲーム内容が比例していない部分もありますが、裏を返せば、内容がさほど良くないゲームでも勝ち切れています。サッカーというスポーツは勝負事でもあるので、現状にはおおむね満足しています。
―――逆に課題はありますか?
立石 今のチームは失点も少ないのですが、得点もやや物足りない。サッカーですからシュートやパスのミスは起こり得ますが、それでも以前よりチャンスの数自体が少なくなっているように思います。今後はより多くのチャンスを作り、より多くのゴールを取ることが必要ですね。
―――結果か内容か、周囲の方々の反応はいかがですか?
立石 今のところは半々といったところですね。我々が最終的に目指しているのは、皆さんに楽しんでいただけるサッカーで勝ち切ることですが、そこに至るまでにはまず結果が必要だと考えています。(マッシモ)フィッカデンティ体制2年目の今シーズンは、監督本人に「今年は勝負の年。結果を求めている」というメッセージを伝え、彼もここまで要望に応えてくれている。今はクラブが成長する上で必要な時期だと捉えています。
―――今年2月の新体制発表会見の際には「今シーズンは3大タイトル(J1リーグ、ヤマザキナビスコカップ、天皇杯)を一つでも取る。そして2020年までに10個のタイトルを目指す」という明確な目標を打ち出されました。タイトルの獲得はクラブにどのような効果をもたらすと思いますか?
立石 我々は過去にナビスコ杯と天皇杯を勝ち取っていますが、いまだJ1でリーグ優勝の経験はありません。リーグ優勝を経験して得られることがたくさんあると思いますし、それが我々の財産になるはずです。加えて、20年には東京オリンピックも控えています。やはり我々が「Jリーグを引っ張っていく存在に変わっていかないといけない」という使命感は、私だけでなく、選手やフロント陣もみんな同じ気持ちだと思います。特にリーグタイトルの獲得が、FC東京をさらに向上させてくれるはずです。
―――1stステージの残り9試合でステージ優勝を果たすためには、どういったことが必要になるとお考えですか。
立石 1stステージの最初の8試合までで区切ると、短期決戦のスタートダッシュとしてはうまくいったと思います。残り9試合については、いいサッカーをお見せすることは重々承知していますが、このタイミングで言うと、まずは今までどおり勝ち点3を獲得していくことが先決。その中で、先ほども申し上げたとおり、より多くのゴールチャンスを増やしていくことを追求していきたいですね。
―――今シーズンのチームは内容的に厳しい試合でも勝ち点3をつかんでいます。昨シーズンとの違いはどこにあるのでしょうか?
立石 選手たちが辛抱する時間、勝負どころを見極められるようになった点ではないでしょうか。昨シーズンの1年間をそのトレーニングに費やした分、1stステージはその成果を示す戦いだと思いますから、何としても結果を出してほしいですね。
―――とりわけ今シーズンは試合終盤の集中力がものすごく高まっている印象です。
立石 そうですね。特にリードしている試合のラスト10分は、どんなに泥臭くても絶対に失点を許さないという執着心が備わってきたと思います。もともと彼らはクオリティーの高い選手たちばかりですから、現在、彼らがそういうことを学んでいるのは成長過程ですごく重要だと思っています。
クラブに携わる者としての覚悟が変わってきた
―――ここからはFC東京のビジョンについてお聞きします。今シーズンからゼネラルマネージャー(以下GM)に就任されましたが、強化部長時代との役割の違いを教えてください。
立石 強化部長の時はトップチームの勝敗や成績を一番に考え、今よりももう少しチーム寄りのポジションでしたが、現在はクラブの使命を果たすことが最優先です。東京五輪を控えた地元のクラブとしてどこを目指さなければならないのか、どういう選手がチームに必要なのか、どういう選手を日本代表へ送り出さなければならないのか。さらにアジア、世界を視野に入れた中長期的なプランや取り組みも考えています。FC東京の見方というか、クラブに携わる者としての覚悟が変わってきました。ですから、全体的に視野を広げ、クラブのブランドやイメージの戦略も考えるようになりましたね。
―――改めてFC東京を見つめ直した中で、クラブの魅力はどこにあると思いますか?
立石 東京という世界的都市にあるクラブですから、その都市名を掲げている以上、魅力というか使命感のほうが大きいですね。ヨーロッパを中心に回っているフットボール産業において、アジア圏の日本にあるFC東京というクラブが、まずは日本サッカー界でどのような役割を果たすべきなのかと日々考えています。
――お話を聞いていると、経営者の視点のように感じます。立石GMのそういった考え方はいつ培われたのでしょう。
立石 大分トリニータ時代でしょうね。そこで「グローバルに考え、ローカルに行動する」という考え方を教わりました。大分という地方都市であってもグローバルな視野を持ちつつ、「世界の中の大分」という視点で物事を考えていました。やれることが限られている中で何ができるのかと世界基準で考えた時に、「今の大分だったら、こういうことを世界に発信できる」と。その結果、02年のFIFAワールドカップ日韓大会の試合誘致につなげることができました。大分時代はいろいろなノウハウを学ぶことができましたね。
―――そう考えると、日本の首都にあるクラブのGMという立場上、様々な可能性が広がるのでは?
立石 大分に比べれば規模が大きいのですが、やはり予算は限られています。広州恒大のようにビッグネームを獲得できているわけではないですし、韓国のサムスンやヒュンダイのような大企業から出資してもらえるわけでもない。ましてや中東のクラブのように王族の支援もありません。となると、日本が見据えるべきはオーストラリアのAリーグやアメリカのメジャーリーグサッカーです。日本のJリーグという物差しの中で、対ヨーロッパに向けて日本やアメリカ、オーストラリアがどう手を組んで、フットボールのにぎわいを作っていくかが今後の課題だと思っています。もっとも、FC東京が強くないとその先の話はできませんから、今はどんなサッカーでも勝つことが大事なのです。
まずはクラブW杯の決勝の舞台に立つこと
―――話は少し変わりますが、FC東京のアカデミーはこれまで数多くのプロ選手を育成しています。これまでアカデミーについてどのように考えてこられましたか?
立石 首都圏のアカデミーは人口が多いというメリットはありますが、子供たちのポテンシャルの部分で不安を感じている時期もありました。大分時代に指導していた選手たちと比べると、やや運動能力が劣るのかなと。とはいえ、東京の子供たちを第一優先にアプローチしつつ、運動能力の部分にどう対処していくのかを考えながら取り組んでいます。もう一つの問題は、日本中の有能な子供たちがFC東京のアカデミーに入ることを目指しているのか、ということ。スペインのバルセロナだったら、ブランド力やクラブの象徴であるリオネル・メッシに憧れて世界中の子供たちがバルサのカンテラを目指します。まずはトップチームが強くあり続けることで、ブランド力を高める必要があるのかなと。もちろんそれを実現するためには、学校や寮といった環境面を整える必要もあるのですが、現代社会では親元を離れることがトレンドではありません。海外のアカデミーは寮生活が主流ですが、日本ではどちらかと言うとマイナスに働くことが多いように思います。そういった問題の解決にも努めなければなりません。
―――この先、アカデミーをどういった方向に進めていきたいですか?
立石 仮にトップチームの選手が他のクラブに移籍することになったとしても、チームが揺らぐことなく、「次の選手がもういますよ」と言えるようになることが私の理想です。選手キャリアの中でステップアップするタイミングが来れば気持ち良く送り出してあげたいですし、その選手が抜けても勝ち続けていくクラブでありたい。そうなるためには、移籍した選手の穴を埋めるスピードが大事になってくると思っています。3年後にチームが勝てるようになっても遅いですからね。その穴をアカデミーから引き上げた選手でカバーすることができれば言うことはありません。アカデミーのコーチ陣には、常日頃からそのスピードが大事だということを伝えています。もっとも、ここの「スピード」と「質」を同時に満たすためには、これまで日本サッカー界が築いてきた育成プログラムを超越するような対策を練らないといけないのかもれません。FC東京がアジアで常に選手を生み出しながら勝ち続けていくことには、今までの常識を壊していく必要があるのかもしれないですね。
―――アカデミースタッフの方々には、どういった選手を育てようとお話されているのですか?
立石 世界と比べると、やはり日本人選手は体格面での限界を感じます。では、どうするのか。世界で通用する選手は、サッカーに取り組む姿勢や思考回路、そして逆境を跳ね返すリバウンドメンタリティーの強さに優れています。あとは、目標達成力も重要。具体的な目標に向かって毎日取り組めているか、そういうことも意外に歳を重ねていく中で大事になってきます。これらのことが共通認識としてありますね。選手個々を≪自立≫させられるかどうかが、FC東京の育成と他クラブの育成を差別化するポイントになると考えています。
―――FC東京は育成型クラブというビジョンを掲げています。そこを目指す上で、トップとアカデミーの関係はどのようなものが理想的だと考えていますか?
立石 アカデミーも含めた全スタッフがトップチームの勝敗に対しての責任を持つことです。もしトップチームが試合に負けてしまえば、「俺たちがトップに上げた選手がもっと活躍していれば」、「俺たちの指導が間違っていたのか」と反省した上で、ではアカデミーの選手たちとこれからどう向き合っていくのかを考えてもらいたいですね。アカデミーの選手たちも同じで、トップチームの試合や結果を見て感じたことを、共通理解として持つべきです。
―――FC東京というクラブはこれからどのような夢に向かって歩んでいくのですか?
立石 まずはFIFAクラブ・ワールドカップのファイナリストですね。本当なら優勝と言いたいところですが、今のところアジア勢の最高成績は3位ですからね。ファイナリストになるためには欧州王者か南米王者を倒さないといけない。どちらかを倒して決勝に進めば、本当の意味でアジアのサッカー、日本のサッカーが世界中の人々に知れ渡るはずです。もちろん試合のパフォーマンスも大事ですが、まずはクラブW杯の決勝の舞台に立つことがFC東京のターゲットだと思っています。
―――では、立石GMの夢は?
立石 FC東京が目標を達成した前提ですが、チャンピオンズリーグやヨーロッパリーグのような世界最高峰の舞台で指揮を執れる日本人の監督やコーチを育てていくことですね。オランダや旧ユーゴスラヴィア諸国には名将と呼ばれる指導者が数多くいますが、近い将来、日本も指導者の≪輸出大国≫を目指してほしいなと。日本の指導者が海外で活躍できる時代になって初めて、日本サッカー界が世界に認められるのではないでしょうか。海外のクラブが日本の指導者を雇うということは、日本サッカーの質が高いということですからね。もちろん、フロントの人間がGMや強化部長として指名されれば、日本のクラブ経営が素晴らしいと認められた証拠だと思います。選手だけでなく、数多くの日本人指導者やフロントが海外で仕事をするような時代が訪れることを願っています。
―――最後に、FC東京のファン・サポーターへのメッセージをお願いします。
立石 FC東京の使命はクラブだけではなく、サポーターの皆さんも含めてのものですから、今後も共有していきたいと思います。クラブが目指していることを私がこうして話していることは、皆さんに宣言しているということですから、ともに夢を見てほしい。もちろん一気にそこにはたどり着けないと思いますが、階段を一段一段着実に上がっていきたいと思います。階段を上がっている途中には、時には我々が先に行ったり、皆さんが追い越したりと、多少のズレは生じるかもしれませんが、それでもいい。一緒に上がっていただければ幸いです。これから先もクラブの成長を支えていただければと思います。