マンチェスター・シティ、ニューヨーク・シティ、メルボルン・シティという各国のビッグクラブを傘下に置く、シティ・フットボール・グループ。日産自動車とのパートナーシップ締結で横浜F・マリノスの株主となり、サッカー界だけではなく大きな注目を集めている。その世界的なグループ企業シティ・フットボール・ジャパンで、マネージング・ディレクターを務める利重孝夫氏に、現在の役職に就くまでの歩み、これまでのキャリアで培った経験をどのように今の仕事に生かしているのか。そのバッククラウンドから、現在のサッカー界、スポーツ業界で求められているのはどういった人材かを聞いた。
写真=小林浩一 インタビュー=岩本義弘
――シティ・フットボール・ジャパンについてお伺いします。今の役職に就かれた経緯について教えてください。
利重孝夫 ひとえに現CEOのフェラン・ソリアーノとの関係ですね。フェランとは彼がバルサを出た後も個人的な付き合いが続いていました。フェラン以外でもヴィッセル神戸で社外役員をやっているマーク・イングラだとか、サッカー・マーケティングの世界で頑張っているエステベ・カルサダだとか、そういう元バルサのマネジメント陣とはずっとつながっていました。そして、フェランが『ゴールは偶然の産物ではない~FCバルセロナ流世界最強マネジメント~』という本を出した際、私はまだ楽天にいましたが、彼自身がプロモーションのタイミングで来日したときなど出版社と密接に連携したりして、個人的に大いにサポートさせてもらいました。幸いなことにこの本は一般的なサッカーファンやバルサファンだけでなく、ビジネスパーソンにもうまく刺さり、売れ行きも大変良かったんです。
――当時は、まだピッチ外をテーマにしたサッカー本は少なかったですもんね。
利重孝夫 多くの国で翻訳されて出版されましたが、日本ではスペイン以上に部数が出たみたいです。そういうこともあって、フェランとのつながりがさらに深くなりました。その後2012年6月にフェランはシティのCEOに就任したのですが、実はちょうどその1週間前に、彼のカタルーニャの別荘に遊びに行っていて、そこで既に「来週からマンチェスター行くんだ」とは聞いていたんですよ。彼の著書では、現在CFGが手掛けている傘下に複数の兄弟サッカークラブを持つグローバル戦略がすでに紹介されていますが、フェランはマンチェスター・シティの就任の次の日には、ニューヨークに行っていたみたいです。そういったビジョンとともに、CEOに就任したのだと思います。
その後、ニューヨーク・シティが2013年に設立されたことをニュースで知り、これは「本気だな」とピンと来たんです。それ以降はこちらからコンタクトを取って、だったら日本にも来てくれとあの手この手で誘い続けました。新しくゼロからやるのか、既存のチームに関与するのか。色んな考えがあったなかで、実際に日産との話が出てきて、フェランから相談を受けているうちに、提携が成立に至り、最初はまず個人コンサルタントという立場で、日産とマリノスとシティ・フットボール・グループの間に入って具体的なサポートをしていくということになりました。
――利重さんが考えるヨーロッパクラブのアジア展開について、お伺いします。一時期は抑え気味になっていたように思いますが、また日本がターゲットになっているように感じます。利重さんはどうお考えでしょうか?
利重孝夫 ヨーロッパのビッグクラブには、オフの期間であってもしっかり稼ぐというメンタリティが根付いています。シティや他のクラブもそうですが、ツアー部門というのが一つの収益部門として成立している。ビジネスとして、補足的にではなくて、メインの収益源の一つとして戦略的に取り組んでいる。ポストシーズンとプレシーズンで、アジアに行くのかアメリカに行くのか、各クラブが常に検討していて、その中に日本も含まれるという位置付けですね。
――アジアへのツアーそのもので収益を上げることと、その後にファンを増やして派生的に収益を生み出すこと、どちらに力を入れていますか?
利重孝夫 やはり前者です。前者をやることで後者も自然に出来てくる。後者だけということではもはや成立しないですね。
――ここ最近、再び日本がアジアツアーに含まれるようになった傾向としては、日本が見直されているということでしょうか?
利重孝夫 いや、そこの意味では日本が上でもなく下でもないといった感じです。あくまで、良いディールありきです。シティの場合はマリノスとの関係があり、チェルシーであれば横浜ゴムとの関係があるなど、個別チームのファクターはありますが、日本が特別に重視されたり、軽視されたりしているわけではないです。
――その中でシティ・フットボール・グループとして、アジアはどういった位置づけをしていますか?
利重孝夫 他のビッグクラブ同様、収益を上げるためのの大事なマーケットという側面はありますが、横浜Fマリノスとの資本提携の例でも分かる通り、自らのプレミアリーグやMLSでの成功体験を共有しながら、共に成長していこうと考えている極めて重要なマーケットと言う位置付けがより強いです。
――アジアの中で日本以外に力を入れている国はありますか?
利重孝夫 中国でしょうか。具体的に提携しているチームはないですし、現時点で、どういった形になるかはわかりませんが、つい最近、習近平国家主席がイギリス訪問した際、マンチェスター・シティの施設にキャメロン首相と一緒にやってきて、大きな話題となりました。
――今後、中国との大きなプロジェクトが生まれる可能性がありますね。
利重孝夫 確かに中国からは大いなるパワーをひしひしと感じますね。
――最後にスポーツ業界を目指す人に向けて、利重さんがお考えになるスポーツの現場で活躍するために必要なことを教えてください。
利重孝夫 まだまだ全体のマーケットが小さいので、まずは自分たちが努力してスポーツ業界を活性化し、そこで働ける人たちを増やしていかなければならないと思っています。その上で、この業界を志望する人たちには、待っていても何も生まれない。何か枠があって、そこに募集するだけでなく、とにかくアグレッシブに自分のキャリアを作っていく。今ないものを自分で作っていくという姿勢で臨んでほしいなと思います。ただ、スポーツが好きというだけではダメです。自分でチャンスを創造していくという気持ち、それが大切です。そうでないと仕事は生まれないですし、この業界で生きていくことは難しい。和を尊ぶことも大事だけれど、自己主張を繰り返しながら貪欲に挑んでいってほしいなというのが、サッカー業界を目指す人たちへのメッセージですね。
利重孝夫(とししげ たかお)
高校時代は読売サッカークラブのユースに所属し、東京大学在学中はア式蹴球部でプレー。卒業後は日本興業銀行(現みずほファイナンシャルグループ)を経て、2001年に楽天に入社。常務取締役、クリムゾンフットボールクラブ(Jリーグヴィッセル神戸の運営会社)取締役を歴任。