2011年にスタートし、年に一度サッカー&映画ファンが集う一大イベントに成長、今年も2月11日(木・祝)~14日(日)の4日間で11作品を上映する「ヨコハマ・フットボール映画祭2016」。さらに全国12都市で映画を上映するジャパンツアーも開催されます。
そこでサッカーキングでは映画祭の開催を記念し、豪華執筆陣による各作品の映画評を順次ご紹介。
今回は、悲願の花園制覇を目指し奮闘する大阪朝鮮高級学校ラグビー部を追ったドキュメンタリー作品『60万回のトライ』の映画評です。2015年W杯で歴史的3勝を挙げたラグビー日本代表の内容を中心に、「スクラム」にスポットをあてた著書『新・スクラム ~進化する「1cm」をめぐる攻防~』を上梓された、元ラグビー選手でスポーツジャーナリストの松瀬学さんに寄稿いただきました。
スポーツは人と社会を変えうる/松瀬 学
いいものは何度、観てもいい。たしか2年ぶりの観賞である。また泣いた、また笑った。またまた心が揺さぶられた。映画を観終わった直後の感想は前回と同じだった。「ああ、オモシロかった。ラグビーっていいな、仲間っていいな、生きるっていいな」
表は「熱血・青春ドラマ」である。登場人物がみな、純粋で熱いのだ。僕は、映画に出てくる大阪朝鮮高級学校ラグビー部の呉英吉(オ・ヨンギル)監督から電話をもらったことがある。2011年の正月、ラグビー部のエースのCTB権裕人(コン・ユイン)が全国高校ラグビー大会の試合で脳しんとうを起こし、大会規定で残り試合の出場が絶望となったときだった。
何とか権裕人を試合に出させてあげる方法はないのでしょうか、と言うのだった。3年生の権裕人にとっては、最後の花園である。もう元気になった。何とか…。おそらく、いろんな方面に手を尽くしていたのだろう。結局はダメだったのだが、そのときの呉英吉監督の必死の声はまだ耳の奥に残っている。
映画の中で、次の準決勝の前夜のミーティングのシーンが出てくる。ラグビーでは儀式ともいえる試合ジャージの授与式がある。一度、背番号「13」のジャージをもらった権裕人が試合メンバーの選手にそのジャージを渡す。権もその選手も監督もみな、泣いていた。
その呉英吉監督は別のシーンで、子どもたちにこう、言うのだ。「スポーツは社会を変える」と。そこには、在日朝鮮人たちの厳しい現実がある。朝鮮高級学校の高校授業無償化からの排除問題など。在日朝鮮人たちのつらい歴史も知る。
僕は、スポーツは社会を変え得ると思っている。変えるとは断言できない。でも、がんばれば、変わる可能性はある。だから、ラグビー部員たちはまず、懸命にラグビーを生きるのである。
学生時代プロップだった僕は、右プロップ(3番)の黄尚玄(キム・サムヒョン)に感情移入した。黄尚玄はひょうきんな控えのプロップだった。だがキャプテンの3番、金寛泰(キム・ガンテ)の大けがにより、急きょ、レギュラーに入ることになった。長野・菅平高原の夏合宿。黄尚玄はスクラムが弱い。組むと、ずるずると下がってしまう。
背筋を伸ばそうと努める。でも背筋力がないのだろう。すぐに「く」の字にひんまがってしまう。わかる。僕も経験がある。味方のフランカーが叫ぶ。「ちゃんと組めよ!」。けんかが始まる。黄尚玄の情けない顔をみながら、僕はコブシを握りしめ、「がんばれ」「がんばれ」と小声で漏らしていた。
でも、3カ月後の大阪府予選の決勝戦、黄尚玄はたくましくなっていた。スクラムで組み込まれても、背筋はぴんと伸びたままなのである。彼の背中のきれいさに3カ月間の努力を見たのである。ああ、この映画は「若者の成長」がテーマでもあるのだなと思った。
ラグビー、いやスポーツは仲間づくりである。サッカーだって同じだろう。試合前、大阪朝高ラグビー部は円陣をつくる。肩を組んで、輪を小さくしたり、広げたりする。そして声を張り上げる。
「一(ハイ)! 信(ミドゥン)! 勝利(スンリ)!」。
呉英吉監督はこう、言った。「つらくなったら、自分を信じろ。
仲間を信じろ」と。
全国大会の花園ラグビー場のスタンドに大きな垂れ幕が下がる。『叶えよう「60万同胞の願い」』。そうなのだ。タイトルの60万回の「60万」は在日朝鮮人60万人の「60万」なのである。
この映画が熱を帯びている最大の理由は、映画監督の韓国出身女性、朴思柔(パク・サユ)さんの個性と情熱だろう。ラグビー部員との距離感のなさ、共有した時間の長さ。最初、ハンディカメラを持った朴思柔さんは「自分は乳癌にかかっている」とコメントする。正直、これって反則じゃないのと思った。
でも、違った。映像を追えば、朴思柔さんが命をかけてカメラを回しているのがひしひしと伝わってきたのである。視線が低い。丁寧なのだ。この商売をしていると、原稿や映像など作品をみれば、取材者と取材対象者との距離感、信頼関係はだいたいわかる。
収録中、映画監督の朴思柔さんの頭にサッカーボールがあたった。倒れる。ラグビー部員が介抱する。キャプテンの金寛泰がけがをして担架で運ばれる時、朴思柔さんは自分の白いダウンジャケットをキャプテンのからだにのせる。寒い日、校庭でカメラを回していた朴思柔さんに対し、もう試合出場ができなくなった権裕人が「寒いでしょ」と言って、さりげなくベンチコートを朴思柔さんに渡すのだった。やさしい映画だな、と思う。
やはりラグビーは仲間づくりである。映画の最後のほう、全国大会の終了から3週間、脳しんとうで準決勝に出場できなかった権裕人のために親善試合がおこなわれた。全国の強豪チームの選手が集まり、大阪朝高と対戦した。西日の差す中、権裕人は前半、大阪朝高のユニホームで、後半は選抜チームのユニホームでプレーした。
権裕人は笑って、泣いた。安手のヒューマン・ストーリーというなかれ。こんな世界があってもいい。ああ生きるって素晴らしい。仲間って素晴らしい。僕は、つくづくそう思うのである。
1960年、長崎県生まれ。福岡・修猷館高校、早稲田大学ではラグビー部に所属。卒業後、共同通信社入社。運動部記者としてプロ野球、大相撲、オリンピックなどを担当。NY支局に4年間勤務。同社退社後、ノンフィクション作家に。ソウルからロンドンまでのすべての五輪ほか、サッカー&ラグビーW杯、ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)、世界水泳などを現場取材。人物モノ、五輪モノを得意とする。酒と平和をこよなく愛する。日本文藝家協会会員。東京学芸大学非常勤講師、早稲田大学大学院在学中。『汚れた金メダル―中国ドーピング疑惑を追う』(文藝春秋)でミズノスポーツライター賞受賞。著書は『新・スクラム ~進化する「1cm」をめぐる攻防~』(東邦出版)、『負げねっすよ、釜石 鉄と魚とラグビーの街の復興ドキュメント』(光文社)、『なぜ東京五輪招致は成功したのか』(扶桑社)、『一流コーチのコトバ―「リーダーに大事なことはブレないこと」』(プレジデント社)など多数。
【映画詳細】
『60万回のトライ』
2013年 日本/ドキュメンタリー/106分
監督:朴思柔(パク・サユ),朴敦史(パク・トンサ)
配給:浦安ドキュメンタリーオフィス
【ヨコハマ・フットボール映画祭について】
世界の優れたサッカー映画を集めて、2016年も横浜のブリリア ショートショート シアター(みなとみらい線・みなとみらい駅から徒歩6分)にて2月11日(木・祝)、12日(金)、13日(土)、14日(日)の4日間開催!全国ツアーの日程も含め、詳細は公式サイト(http://2016.yfff.org/)にて。