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文化の担い手となるべきは選手でなく庶民、なでしこたちが紡いだ想いを今こそ文化に

2016.02.29

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2011年のW杯で優勝したなでしこジャパンだが、女子サッカーが文化として定着し、大きく発展したとは言い難い。宇都宮氏は、独自の視点で日本にスポーツ文化が根付きにくい理由を指摘する。 [写真]=Getty Images

 なでしこジャパンのキャプテン、宮間あやが語った「女子サッカーを文化に」という発言が、ちょっとしたブームになったことは記憶に新しい。最初にこの発言をしたのは、2015年にカナダで行われたワールドカップの決勝前日での会見であった。

「前回(大会に)優勝して、女子サッカーにすごく関心や興味を持ってもらえるようになった。とはいえ、関心が徐々に薄れてしまってきていた。(中略)そこ(=決勝の舞台)に立ってからこそ、ブームではなく文化になっていけるようスタートが切れる」

 2011年以前、なでしこがワールドカップの決勝の舞台に立つということは、当事者たちを含め、容易に想像できることではなかった。それから4年後、2大会連続でワールドカップのファイナリストとなることもまた、大会前には非常に厳しいという見方が一般的であった。そうした二重の高いハードルを超えて、ようやく「ブームではなく文化になっていけるようスタートが切れる」。それはある意味、宮間自身の決意表明であったのかもしれない。

 この「ブームではなく文化に」というフレーズは、準優勝で大会を終えた帰国後の会見でも記者から質問があり、そこで宮間は「私たちを目標に頑張ろうとしている選手たちが最後までサッカーをできるように、女子サッカーが文化になってくれればいいなと思っています」と語っている。宮間の説明に、ブレや矛盾はまったく感じられなかった。しかし、会見の場に居合わせた私には、宮間が語る「文化」という言葉に、ある種の危うさを覚えたのも事実である。もっとも、その危うさというのは彼女自身ではなく、わが国における「文化」という言葉の曖昧さに起因する。曖昧であるがゆえに、都合の良いように解釈され、言葉が本質から離れてしまうことへの危惧。結果として「女子サッカーを文化に」という言葉だけがひとり歩きをしてしまい、宮間自身が戸惑いを覚える事態になってしまったのは、いささか残念である。

 もともと「文化(Culture)」という言葉は、「文明(Civilization)」と並び、明治時代以降に日本にもたらされた比較的新しい概念である。辞書を開けば「世の中が開けて生活水準が高まっている状態」などと書かれてあるが、宮間が言いたかったのはもう少し違ったニュアンスであろう。私自身がサッカーを基準に「文化」を定義するなら、「勝敗に関係なく支え、育み、発展させ続けること」であると考える。

 女子サッカーに限らず、日本にスポーツ文化がなかなか根付かない理由の一つに、ワールドカップや五輪での成績に左右される傾向が強いことが挙げられよう。2011年の女子サッカー、そして2015年のラグビーもそうだったが、国際大会での華々しい成績がブームを呼ぶことはあっても、そこから人気が定着し、それを育み、さらに発展させていくというのは、なかなか容易ではない。宮間とその仲間たちが、心からワールドカップ連覇を渇望したのは、もちろんアスリートとしての純然たる希求もあっただろうが、一方で“世界一の称号”を失うことによる甚大な損失を本能的に察知していたことも留意すべきである。

 勝利し続けること、あるいはタイトルを保持し続けることは、それがスポーツである限り不可能である。当然、なでしこも然り。ドイツでのワールドカップ優勝後、2012年のロンドン五輪とカナダで行われた2015年のワールドカップにおいて、連続してファイナリストとなったことは歴史的な快挙であるが、その間チームとして下降傾向にあったことは否めない。昨年、澤穂希というレジェンドがスパイクを脱ぎ、9年に及ぶ長期政権を維持してきた佐々木則夫監督も遠からずチームを去ることになろう。あまり想像したくないが近い将来、日本女子サッカー界は再び冬の時代に見舞われるかもしれない。しかし、そうした厳しい状況こそが、女子サッカーが文化となり得るか否かの試金石となるのではないか。

 少なくとも宮間とその仲間たちは、「女子サッカーを文化に」するためのスタートラインに、私たちを立たせてくれた。今度は私たちが、結果に一喜一憂することなく彼女たちを支えていく番である。「女子サッカーを文化に」──。文化の担い手となるべきは、実のところ私たち庶民なのである。

宇都宮徹壱(うつのみや・てついち)
1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)、『松本山雅劇場 松田直樹がいたシーズン』(カンゼン)、『フットボール百景』(東邦出版)など著書多数。『フットボールの犬 欧羅巴1999-2009』(東邦出版)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。有料メールマガジン「徹マガ」(http://tetsumaga.com/)も配信中。


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#女子サッカーを文化に

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