安田理大「ENJOY FOOTBALL!! 最強の自分になるために」

[サムライサッカーキング3月号掲載]

オランダに渡って3シーズン目を迎えた安田理大。苦しい状況の中でも笑顔を絶やさない彼には、ガンバ大阪時代から変わらない想いがあった。その秘めた想いに迫る。

インタビュー・文 =田中直希 写真=千葉格

 2012年12月26日に行われた『日本プロサッカー選手会(JPFA)チャリティーサッカー2012チャリティーマッチ』。この一戦で、久しぶりに先発のピッチに立った安田理大は、とにかく楽しそうだった。チームを率いる小倉隆史監督に直訴したというフル出場こそ叶わなかったが、左サイドバックを定位置に、持ち前の攻撃力を存分に発揮。その勢いのままに、8分には鈴木武蔵(アルビレックス新潟)の先制ゴールをアシストしてみせた。ピッチを離れてからも“パフォーマンス”は続いた。ベンチでも先頭に立ってチームを鼓舞し、ゴール裏では長友佑都(インテル)とともに太鼓を叩いてスタンドを盛り上げる。そこにはプロサッカー選手としての、ある“想い”があった。

「僕はこれまで、応援してくれる人たちにプレーで何かを伝えよう、元気にしようって思ってプレーしたことは一度もない。そんな力が自分にあるのかどうかは分からないしね。ただ、自分が思い切り楽しんでプレーすることで見ている人たちが何かを感じ取ってくれたり、小さくてもハッピーを見つけてくれたらいいなという思いは常に持っている。自分が楽しめなければ、見ている人を楽しませることはできないと思うから。だからこそ、試合でも練習でも、ピッチに立つ限りは持っている力のすべてでプレーするし、サッカーを楽しみまくる」

 確かに彼は、いつだってサッカーを楽しんできた。06年、ガンバ大阪ユースからトップチームに昇格して以降、ほとんど試合に絡めなかったルーキーイヤー。当時の西野朗監督によって左サイドバックという新境地を切り開きレギュラーポジションを確得した07年。初めて日本代表に選出されるなど、飛躍の年になった08年。同じポジションの下平匠(現大宮アルディージャ)との争いの中でベンチスタートになる試合も多かった09年や再びレギュラーポジションを取り返し、Jリーグ初ゴールを記録した10年も。

 日本での5年のキャリアを力に、念願の海外移籍を実現してからも同じだ。11年1月のヴィレムⅡ戦でエールディヴィジデビューを果たして以降、リーグ15試合連続フルタイム出場でチームの残留に貢献した10-11シーズン。そして、リーグ開幕前のヨーロッパリーグではレギュラーポジションでプレーしながら、リーグ戦ではほとんど試合に絡めない状況が続いている今も。唯一変わったことがあるとすれば、過去、彼の口から何度も聞いた「サッカーを楽しむ」という言葉が、海を渡ったこの3年で『エンジョイ フットボール』という英語に変わったことくらいか。いずれにせよ、その揺るがない『エンジョイ フットボール』の精神こそが、今日も安田理大のプレーに新たな息吹を与えている。

この状況を楽しんで這い上がってみせる

──オランダでの3シーズン目。生活にもサッカーにも慣れ、「サッカーを楽しむ」毎日が加速しているように見えます。

安田(以下Y) 即答で「イエス!」やね。もちろん、さすがの僕だって毎日がハッピーで悩みなんて一つもない、なんてことはないよ。特に今シーズンはこれだけ試合から遠ざかっている状況があるしね。左サイドバックである僕が、左サイドベンチが定位置になっているなんてアカンすぎるし、正直、フラストレーションがすごくたまった時期もあった。プロサッカー選手は試合に出てナンボやし、結果で判断されると考えれば、どれだけサッカーを楽しんでいても、評価としては「ノー」ということになるのも自覚しているから。でも、一方でプロサッカー選手である限り、今の状況も含めてすべて自分のプラスアルファにしていかなアカンやろって思いもある。だからこそ『エンジョイ フットボール』。僕は絶対にこの状況を楽しんで、自分の力にして這い上がってみせる。

──今シーズンはヨーロッパリーグで幕を開けました。その時はレギュラーとしてプレーしながら、リーグ戦では控えに回る日々が続いています。この現状をどう受け止めていますか?

 正直、試合に出られない理由は分からん(苦笑)。自分では他の選手に負けているとも思っていないしね。ただ、起用を決めるのは監督だけに、そこを悩んでも仕方がないから。この世界、監督に異を唱えたところで良いことなんてないのも分かってる。でも、だからといって、プレースタイルも、練習態度も、サッカーを楽しむことも、そして自分自身も変えるつもりはない。もちろん、監督の狙いとするサッカーを理解して、求められるプレーをせなアカンという思いはある。でも、それは自分のプレースタイルを変えることではなく、監督に求められることを自分のプレーに加えていく、という感覚。それによって、最強の自分になればいい。そうすれば監督は絶対に僕が必要になるはずやから。そして、その最強の自分になるために必要不可欠なのが僕にとっては『エンジョイ フットボール』だということやね。

──そう思うようになったのはいつからですか?

 サッカーを楽しむ自分というのは昔から変わっていないけど、その必要性はプロとしてのキャリアを積む上でより強く感じるようになったよね。それが自分を成長させていくベースになるという確信もある。もちろん、僕なんてまだプロ8年目で、大したキャリアではないと思う。でも、その中では僕なりにいろんな経験をして、いろんな人を見てきたから。試合に出場し続けて、何をやってもうまくいった時もあった。逆に何をやってもうまくいかなかったり、試合に出られない時もあった。今、海外に来て日々感じていることも自分にとっては大きな経験だと思っているしね。でも、ある意味、サッカー選手ってみんなそういう時期を過ごして今の自分にたどり着いていると思うよ。ヤットさん(遠藤保仁)だって、今でこそあれだけの名声があるけど、昔からそうやった訳じゃないやん。ヤットさんなりにいろいろな悔しさや屈辱を味わった時期もある。でも、ヤットさんは常に逃げずに戦い続けていたからね。実際、南アフリカ・ワールドカップを前にしたヤットさんの努力は、ホンマにすごかった。誰よりも遅くまで残って体幹を鍛えていたし、誰よりも身体のケアをしていた。だからこそ南アフリカでの活躍があったし、今も輝き続けている。長谷部(誠)さんだってそう。今シーズンの最初は構想外でメンバーにも入っていなかったのに、折れずに、逃げずにやり続けたから再び、ポジションを取り戻しつつある。乾(貴士)だって、今の活躍があるのは、昨年の長いオフに毎日のように2部練習を続けた結果やと思うし、細貝(萌)君も一人でグアムに行って、トレーニングをしていた努力が実っている。(吉田)麻也やウッチー(内田篤人)も、どれだけサッカーを愛して、サッカーに懸けた生活をしているか。そういう仲間を見ていても、サッカーのことを真面目に考えて、自分を信じてやり続けている選手には必ずチャンスは訪れると、僕は信じている。

──そう言い切れる自分を支えているものは何だと思いますか?

 ありきたりやけど、メンタル。サッカー選手ってホンマに試合に出ていなくてもやれること、やるべきことってたくさんあるんよね。それを、どんな状況でもやれるか、やろうと思い続けられるかでその先の人生が変わってくるし、そうやって気持ちを奮い立たせて、やり続けられる自分を支えるのはやっぱり精神力しかない。幸い、僕には最強のメンタルが備わっているから。特にこの1年、試合に出られない中での戦いは僕のメンタルを“鬼の強さ”にしてくれている。それがあるから、僕はどんな状況に置かれても『エンジョイ フットボール』の精神でサッカーをやり続けられる。それに……、今更改まって言うことでもないけど、僕はやっぱりサッカーが大好きなんよね。フィジカル主体のキツい練習が予定されている日は、行きたくないなって思う時もあるけど(笑)、行ってしまえばボールを蹴るだけで楽しいし、幸せやなって思う。その証拠に、監督にもよく「ミチは、どんな時も常にハッピーな顔でサッカーをしている。そこはお前の良いところだと思うし、そのプロフェッショナリズムは素晴らしい」と言われる。そんなに褒めてくれるのなら、使ってください、って話やけど(笑)。

欧州で最強の安田理大になる

──海外に来たことで見い出した“サッカーの楽しさ”はありますか?

 自分の意識次第のところもあるかもしれないけど、日本では「練習は練習、試合は試合」という感覚だったのに対し、オランダは試合のための練習という感覚がすごく強い。実際、練習中の個々のプレーの激しさという部分でも日本とは全然違う感覚というのかな。ボール回しでも、激しいスライディングで奪いに来るし、自分も奪いに行く。時に激しすぎてケンカになりかけることもあるけど、それがピッチ外まで尾を引くようなこともない。そう考えると、普段の練習に感じる楽しさが増した気はするね。と同時に、だからこそ、試合に出ていなくても意識次第で、自分を鍛えられる部分は大いにあると思えるのかもしれない。それに、そういう環境も含めて、欧州でサッカーをするということが自分にはすごく合っていると思う。オンとオフがハッキリしているのも僕には過ごしやすいし、サッカーに対する割り切った考え方というのかな。個々が規律に縛られている感じがないし、団体スポーツだけど、すごく割り切った考えの下に個が成立しているのも自分には合っている。だから最近は、ホンマに僕は“ヨーロッパのフットボーラー”やなって実感しているよ。

──“欧州のフットボール”とは?

 思えば、フィテッセに移籍加入したシーズン。僕は左サイドバックでスタメン出場していたのに、2シーズン目はアレックス(アレクサンデル・ビュットネル)にポジションを取られて、僕は右サイドバックに移された。しかも、そのアレックスは今シーズン、マンチェスター・ユナイテッドでプレーしているからね。それが実現可能なのが欧州のフットボール。1シーズン、いや、もしかしたら2〜3試合でもビックリするような結果を残すことで驚くようなステップアップもできるし、その可能性の広がり方も大きい。(長友)佑都や(香川)真司だってそう。チャンスをもらった時に、それをしっかりつかむ自分さえいれば、可能性はどんどん広がって行く。そういう意味では、日本にいるとそこまで感じられなかった“世界”を今はホンマに感じているし、白黒ハッキリした個の勝負の世界という感覚がすごく楽しい。

──サッカー選手として欧州に骨を埋める覚悟はありますか。

 いや……。骨を埋める=引退、と考えるなら最後はガンバ大阪に戻りたい。欧州は自分に合っているし、一度経験したら病み付きになる。だから、今のところは欧州を離れる気はないけれど、引退する時には、僕が小学生の頃から愛し続け、育てられたガンバに戻りたい。だって、自分の心に常にあるチームは、やっぱりガンバしかないから。ガンバにいる時代から感じていたけど、僕はガンバが大好きやし、離れてこそ思いが募るところもある。だから“最後の1日だけの契約”でもいいからガンバの選手として引退したい。実際に欧州のクラブでは、そういうことが成り立っているからね。それを欧州のクラブはしてきたからこそ、ファンの間でも、しっかりとクラブの歴史が受け継がれてきたし、本当の意味での歴史が備わっていくんだとも思う。Jリーグでは今のところそういう前例はなさそうやけど、クラブの歴史を紡ぐためにも、いつかそれが当たり前になる時代が来たらうれしいよね。いや、そんな日が必ず来ると信じて、僕はまず“欧州で最強の安田理大”になるわ。

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